希少な植物が群生し、住民によるススキ草原の再生も進む兵庫県新温泉町の上山高原で近年、急増するシカによる食害が深刻化し、植生が激変している。穂波が輝いたススキ草原は今秋、最盛期の3分の1ほどまで縮小。兵庫県森林動物研究センター(丹波市)は「シカが植物を食べ尽くし、ススキにまで影響が及んだと見て間違いない。保護策は追いついておらず、希少種を含めて生態系が元に戻らないところまで進みかねない」と警鐘を鳴らす。(小林良多)
上山高原は鳥取との県境に位置する扇ノ山(1310メートル)の山系にあり、ブナなど落葉広葉樹の森が広がる。地元のNPO法人「上山高原エコミュージアム」は約20年前から間伐や山焼きを続け、ススキ草原を約35ヘクタールまで復活させてきたが、3年ほど前から減少が著しくなってきた。
同法人が行った夜間の生息数調査では、2014年に上山高原周辺で一晩に出合うのはわずか4頭だったが、19年46頭、20年71頭、21年74頭と一気に増えた。定期的な刈り取りを行った区域では、シカが新芽を食べるためはげ山状態になっている。同法人の山本一幸理事(62)は「今年は特に茎が細り背が低くなった。以前は道の両脇がススキに囲まれ、トンネルのようだったのに」と声を落とす。
兵庫では20年度、野生動物による農林業被害額が4億6千万円に上り、獣種別でシカは3分の1を占める。10年度、県は全市町の協力を得て報奨金制度を設けるなど駆除の後押しを進め、被害額を半減させた。一方、狩猟による脅威が低い地域にシカが移動する問題が起きている。
新温泉町では17年、シカによる農林業被害額が前年比30倍に急増。19年の目撃頻度は県内トップだった。
扇ノ山ではハイカーの目を楽しませていたスミレやオミナエシなどが次々と姿を消した。リョウブやナツツバキは樹皮を食べられ、無残な姿をさらす。兵庫県版レッドデータブックAランクに指定される「ヤナギタンポポ」や、同Cランクの「ノハナショウブ」など希少種も食害に遭っている。
山本理事は「森の健康状態は危機的。生物多様性が連鎖的に失われかねない」と憂慮する。同センターの藤木大介主任研究員は「獣害対策は農林業中心の傾向があるが、上山高原の生態系はあと5年放置すれば元に戻らなくなる。下草が失われると土砂災害も起きやすい」と指摘する。
但馬ではさらに以前から氷ノ山や神鍋高原などでシカの食害が起き、住民らが希少種保護に努めてきた。全国の国立公園などでも広大な湿地をフェンスで囲った例もあるという。
高原を所管する兵庫県自然環境課は「シカの駆除を強化してもらっているが、植物の保護が十分とは言い難い。柵の設置は費用がかさみ、維持管理も必要になるため、地元との協議を進めたい」としている。
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