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JR三宮駅南側の神戸・三宮界隈。左奥にはポートアイランド、その手前には「みなとのもり公園」の芝生が見える=2019年4月
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JR三宮駅南側の神戸・三宮界隈。左奥にはポートアイランド、その手前には「みなとのもり公園」の芝生が見える=2019年4月
イノシシの目撃情報を知らせる「防犯ネット」のメール
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イノシシの目撃情報を知らせる「防犯ネット」のメール
イノシシの目撃情報を一覧できる「ひょうご防犯ネット」のマップ
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イノシシの目撃情報を一覧できる「ひょうご防犯ネット」のマップ
六甲山系山麓のJR新神戸駅(奥)を通って神戸の市街地を流れる生田川=神戸市中央区
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六甲山系山麓のJR新神戸駅(奥)を通って神戸の市街地を流れる生田川=神戸市中央区
くだんのイノシシが最後に確認された場所。発見当時は草刈りの作業中で、一部が草むらになっていた=神戸市中央区小野浜町、神戸港湾事務所
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くだんのイノシシが最後に確認された場所。発見当時は草刈りの作業中で、一部が草むらになっていた=神戸市中央区小野浜町、神戸港湾事務所

 「イノシシの目撃情報(10月1日・神戸水上)」。スマートフォンに届く大量のメールの中に、こんなタイトルが紛れ込んでいた。「神戸水上」とは兵庫県警の警察署の一つ「神戸水上署」。文字通り神戸市の神戸港周辺の海域と、陸地では人工島のポートアイランドを含む神戸市中央区の沿岸部を管轄する警察署である。水上署管内でイノシシ? 何かの間違いではないか。戸惑いをあざ笑うかのように、メールはその後も続いた。「10月21日・神戸水上」「10月24日・神戸水上」-。気がつけば、足は自然とミナト方面に向かっていた。(井上太郎)

■こつぜんと現る

 発見された場所は海上輸送に使う倉庫が広がる港、神戸市中央区小野浜町周辺だ。一帯に山はない。

 くだんのメールは、兵庫県警が配信する「ひょうご防犯ネット」。誰でも無料で登録でき、不審者の目撃やひったくりなどの街頭犯罪の発生だけでなく、警察が認知したクマやイノシシといった野生動物の出没情報も確認できる。

 過去の配信を整理してみると、神戸市中央区を管轄する生田▽葺合▽神戸水上-の3署のうち、山側に当たる生田、葺合両署の管内では昨年1~12月にイノシシの目撃情報が39件。それに対し、海側の国道2号線以南を受け持つ神戸水上署管内はたったの6件。もっと言えば、9月29日まではゼロで、9月30日に国道2号より南の「みなとのもり公園」付近にこつぜんと現れている。

■とっておきのルート

 一体どこからやって来たのか。

 この疑問にはおそらく、神戸市民なら容易に推論を立てることができる。

 六甲山だ。

 先に中央区をおおまかに山側、海側と表した。六甲山地と大阪湾に挟まれた神戸の市街地は、地図上では「横長」の形に見える。

 中央区の三宮近辺はその特徴が色濃く、南に張り出している山麓から神戸港まではせいぜい2キロ程度しか離れていない。

 ただし、目撃地点と六甲山麓の間に広がるのは、兵庫県内最大の繁華街である。オフィスビルあり、商業ビルあり、飲み屋街あり。仮に市街地をとことこと抜けてやって来たとすれば、いくら夜中でも1人や2人くらいの目には留まり、多少なりとも騒ぎになったのではないだろうか。

 目を皿にして防犯ネットで目撃情報の分布図を見ても、三宮駅以南の目撃情報はない。足取りが全くつかめないのだ。

 「私も、最初は『え?』と思ったんですけどね」

 神戸水上署の担当者が明かす。「市街地を抜けなくても、ここにやってくる方法が一つあるみたいなんですよ」

 住民と話す中で、人目につきにくい、とっておきのルートの存在に気付いたという。

 「なるほど、と思いました。生田川ですよ」

■川への階段

 生田川は、六甲山系の「摩耶山」や「石楠花山」から布引貯水池、JR新神戸駅を経て神戸市街地を抜け、大阪湾に注ぐ延長1・8キロの短い河川である。

 神戸水上署の推理を参考に、このイノシシの足取りについて仮説を立ててみた。

 ①六甲山を下りてくる

 最寄りの山としてあまり疑いようがないため、ここは至ってシンプルに考える。

 ②生田川に下りる

 生田川は、歩道や車道よりもはるかに低い場所を流れている。管理する兵庫県神戸土木事務所によると、主に石積みの護岸は、最低3メートル以上の高さでできている。川底はコンクリート製で、歩くのに都合のいい河原がない。

 それには理由がある。もともと、ここは地下水路だったのだ。

 明治初期までは現在地の約800メートル西、今の「フラワーロード」と呼ばれる県道の場所を広大に流れていた生田川。度重なる洪水被害を理由に東方に付け替えられ、1932(昭和7)年には一度、地下水路に改修された。しかし、6年後の「阪神大水害」で土砂や流木が詰まるなどして土石流があふれ出し、周辺に大きな被害を及ぼした。洪水が昔の流れに沿ってフラワーロードを下ったといい、さらなる洪水対策として天井が外され、今の形になった。

 川幅も狭く、深い堤防が周辺の歩行者やドライバーの視界を遮る構造が、イノシシにとっては「人目につきにくい」利点にもなる。ただ、一方で、どこから川に下りたのかの説明ができないという問題に突き当たる。

 そこで、神戸市内ではイノシシの出没頻度が高い山際の新神戸駅あたりを出発点と仮定。実際に足を運んでみると、左岸に広がる「生田川公園」から、川に下りていける階段を少なくとも4カ所発見した。新神戸駅からすぐ南の「布引橋」の南北に2カ所と、そこから約700メートル下流に当たるJRの高架下付近、さらに200メートルほど下った国道2号(中央幹線)北側にそれぞれ1カ所だ。

 ここなら、イノシシも歩いて川に下りられるに違いない。

■行き止まり

 増水時の注意を促す看板が掛かっていることから、川へ下りるこれらの階段は、子どもの水遊びも想定した親水エリアなのだろう。いずれの場所も立ち寄ったのはよく晴れた日で、人間なら漬かっても足の甲かな、というほど浅かった。イノシシでもまあ、歩くことができそうだ。

 ところが、もう少し河口に近い下流域まで回り込んでみて歩道から川を見下ろすと、相変わらず河原はないまま、水深だけが深まっていた。生田川を歩き続けるには、行き止まりというわけだ。なお、神戸土木事務所の担当者いわく、JRの高架付近の生田川公園より南には、ほかに川に出入りできる階段はない。はて、どうするか。

 航空写真と現地での確認、同事務所の説明を総合すると、生田川公園の階段を使えば、新神戸駅前からJRの高架を抜け、中央幹線の少し北側までの約1キロは川の中を歩いて進むことができそうだ。たが、この方法で再び陸路に戻ったと仮定した場合、「ゴール」のみなとのもり公園がある一帯にたどり着くには、あと500メートルは地上を南下する形になる。そうすると、今度は別の障害が立ちはだかる。みなとのもり公園のすぐ北側を東西に走り、「浜手幹線」と呼ばれる片側4車線の市道である。

 市道と言っても国道2号から分岐し、合流するまでの区間であり、交通量は非常に多い。筆者も平日週末、日中夜間を問わずよく車で通るが、トラックなどの大型車が目立ち、すいていたらすいていたで、猛スピードで飛ばす車を見かけもする。50メートルほどある長い横断歩道を、交通ルールもへちまもない野生動物が果たして、青信号のうちに首尾よく渡れるものか。ひかれたり、誰かの目に留まったりするリスクは、生田川の比ではない。

 そんな陸路の最大の難所も、生田川を突っ走ることさえできてしまえば、全く問題にならない。地下をするすると抜けて浜手幹線の南側、発見場所である小野浜町周辺に突如出てくることができるからだ。

 もはやだれ目線かは分からないが、やはり、この生田川を最大限使わない手はないのではないか-。とすれば、残る選択肢はこれしかない。

 ③河口まで泳いでしまってから上陸

■離島まで行ける

 調べてみると、イノシシが泳いだという例はごまんとあった。

 2014年、香川県・小豆島近くで泳ぐイノシシを高知海上保安部が発見。この年は、ほかに愛媛県や長崎県の沖合でも海を泳ぐイノシシが目撃されたという。

 離島でイノシシが見つかり、増殖するケースは後を絶たず、兵庫県森林動物研究センター(丹波市)によると、姫路市の家島諸島でも島の間を行き来しており、「それなりに上手に泳げる生き物」なのだという。

 また、昨年3月の神戸新聞淡路版では、淡路島本島から3~4キロ離れた離島の「沼島」(南あわじ市)で、災害避難や観光客用の歩道がイノシシに荒らされているとの記事が掲載された。記事によると、沼島にはもともと野生の獣類はおらず、島外から泳いで渡ってきたイノシシが年々増殖し、駆除が追いつかなくなってきているとの背景があるという。

 神戸水上署管内で見つかったイノシシに話を戻すと、こうした事例を鑑みるに、延長1・8キロ程度の生田川なら、仮に最も上流から川に漬かっていたとしても河口までは泳ぎ切ってしまえる。陸路の道中と考えられるような場所での目撃情報がなかったことも踏まえると、泳いだ説がより現実味を増してくる。

 なお、浜手幹線の南側には、岸に上がる階段こそないものの、護岸が一部途切れ、公園に上がっていける緩やかなのり面に囲まれた干潟が広がっており、「ここなら岸に上がれるかもしれない」(同センター)という。

■迷子でうろうろ?

 神戸市中央区の沿岸部、みなとのもり公園付近で9月末から突如相次いだイノシシの目撃情報について、神戸市の担当者は「全て同一個体とみています」。

 みなとのもり公園がある神戸市中央区小野浜町でのイノシシの出没は過去にもほぼ例がないらしく、今回も一度に複数頭が見つかったケースはない。「たまたまやって来た1頭が、ぐるぐると近辺をさまよっているのではないか」とみる。

 ちなみに、防犯ネットで配信されているのは110番など警察が把握したケースに限られているが、神戸市の「鳥獣相談ダイヤル」には、現場周辺でほかにも20件ほどの目撃情報が、9~11月の間に寄せられたという。

 市への最初の通報は、防犯ネットの最初の情報よりも3日早い、9月27日の夕方に寄せられていた。

 場所はみなとのもり公園のすぐそばにある神戸税関の東側駐車場で、「ウリボーがうろうろしている」との内容だったという。

 目撃された時間帯はほぼ日没から夜間。場所もおおむね、みなとのもり公園あたりに集中した。

 イノシシは決して夜行性ではないが、非常に臆病な動物とされるため、「暗くなってから公園にえさを食べに来て、日中は人目につきにくいところで身を潜めている」というのが、担当である農政計画課の見立てだという。

■誘引物

 繰り返しになるが、みなとのもり公園の周囲は砂浜が広がる海岸ではなく、倉庫が立ち並び、コンクリートの岸壁が入り組む港である。イノシシにとって過ごしやすい環境とはとうてい思えない。

 出没と動向の背景を探るのに、別の手掛かりはないか。

 兵庫県森林動物研究センターに状況を説明してみると、「迷って帰れなくなっているとは考えにくいですね」との回答だった。

 いわく、もし純粋に迷い込んだとすれば、すぐどこかに去って行くはずなのだという。

 仮に生田川を下りてきたとすれば、一本道を忘れることもないだろうし、川の流れに逆らって山へ帰るのは難しいとしても、それなら多少人の目に付こうが陸路を北上すればいい。それも嫌なら、別に東西に動くことだってできるわけである。

 つまり、断続的とはいえ、約2カ月間にわたって目撃されたということは、イノシシが好んで滞在した可能性が高いのだという。

 「そのあたりには何か、イノシシを引き寄せる誘引物が必ずあるはずです」

■海辺の森

 11月中旬の昼下がり。「誘引物」を探すべく、約5・6ヘクタールの広大な公園を、ぷらぷらと歩いてみた。

 中央に大きな芝生の広場があり、親子が走って遊んだり、若者が飲み物を片手に話し込んだりしている。

 広場のまわりを陸上のトラックのようにぐるりと囲む遊歩道の脇に、小さな森のような場所があった。

 木々をすり抜けていきながら足元に目をやると、落ち葉に紛れて小さな木の実がいくつも転がっている。

 ドングリだ。

 公園に立つ案内板によると、一帯は市民らが加わった植樹活動によって緑化されてきた場所なのだという。

 「みなとのもり公園」は実は愛称で、正式名称は「神戸震災復興記念公園」。オープンしたのは2010年1月17日で、6434人が亡くなった阪神・淡路大震災の発生から丸15年の節目だった。

 「震災を語り継ぐ」ことを目的とした広場には、震災で全壊した旧第1勧業銀行神戸支店(中央区栄町3)の部材を使ったアートや、震災復興を願う合唱曲「しあわせ運べるように」の歌碑などが立てられた。

 記憶の継承だけでなく、災害時の避難場所にもなるためできるだけ人々が安らぎ、憩える空間にすることも、公園を作る上で大切なテーマだった。

 スローガンは「海辺に森を」。

 市によると、オープン前後に行った3回の植樹式も含め、公園全体には計6千本の木が植えられた。市民参画の植樹に携わってきた「みなとのもり公園運営会議」代表の辻信一さん(72)=神戸市東灘区=の話では、阪神・淡路の追悼式で配られたドングリを市民が自宅などで苗木に育て、再び持ち寄って植え込んだ場所もあり、こうして根を張ったコナラやクヌギも500本以上に上るという。

 当然、イノシシのために整えたものではない上、「市街地の公園なので防犯上、見通しが悪くならないように定期的に下枝を切っている」(辻さん)。昨年秋ごろの活動時にイノシシを見たというメンバーはおらず、この辺りで路上生活する人の中にも、鉢合わせた人はいなかったという。

 やはり日中は倉庫地帯など別の場所で身を潜めていたのか、公園に住み着いたとまでは言えなさそうだ。また、「誘引物というのは絶対的なものではなく、相対的なもの。山で食べるものがなくなるなど、ほかのえさとなるものの量や個体の性格などにもよると思われます」(兵庫県森林動物研究センターの赤堀邦輝次長)とのことで、みなとのもり公園のドングリが「誘引物」だったかどうかの特定も難しいようだ。個体の性格という要素も関係するのであれば、イノシシ界では未開の地であろう海辺の森に目を付けたこの個体は、もしかすると結構賢かったのかもしれない。

■ミナトのイノシシはどこへ

 「敷地内でイノシシが歩いていました」

 11月17日朝、みなとのもり公園から東に約600メートル離れた、国土交通省神戸港湾事務所(神戸市中央区小野浜町)。出勤した幹部は、「前夜に構内でイノシシを見た」と、複数の職員や警備員から報告を受け、耳を疑った。

 念のため総務課が職員たちに注意を呼び掛けた直後の午前10時ごろ、草刈り中だった敷地内の草むらにイノシシがいるのを職員が見つけ、市に通報した。

 同事務所によると、市の依頼で駆け付けた猟友会のメンバーが敷地の端の袋小路にイノシシを追い込んだが、棒のようなもので一発たたいた途端、暴れて逃走。同事務所の敷地内をぐるっと一周し、手出しができない人間たちをよそに、そのまま同事務所の北側の湾に飛び込んでしまったという。

 「犬かきみたいな感じで、上手に泳いでいきました」と証言する若杉賢一総務課長。およそ100メートル先の対岸まで渡った後、陸に上がる場所を探すように、岸に沿って、HAT神戸がある東の方向に泳いでいったという。

 若杉さんいわく、それほど大きなイノシシではなかったが、全速力で走る姿には恐怖を感じたたといい、「誰も襲われなくて良かった」と胸をなで下ろした。

 イノシシは凶暴で、人が襲われる事故も後を絶たない。三田市では昨年10月、畑で農作業をしていた70代の男性がイノシシにかまれ、下腹部を5針縫う大けがを負った。11月には姫路市安富町で、猟友会に所属する60代の男性が腰や尻をかみちぎられ、意識不明の重体で病院に運ばれた。

 兵庫県森林動物研究センターの話では、県内でのイノシシによる人身事故件数はツキノワグマより多く、死亡事故も発生しているといい、「見つけても決して餌付けはせず、近づかないで」と注意を呼び掛けている。

 神戸水上署によると、今回、イノシシの目撃は相次いだが、人が襲われるなどの被害は確認されなかったという。

 そのイノシシはどこへ行ったのか。

 関連のありそうな目撃情報は新たに入っていないが、沿岸や人工島であっても出没する可能性はあるため、念のためご注意を。

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 神戸市鳥獣相談ダイヤルTEL078・333・4408(年中無休、午前8時~午後9時)

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