兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局で記者2人が殺傷された事件から35年となった3日、同支局には犠牲となった小尻知博記者=当時(29)=の遺影を掲げた祭壇が設けられた。新型コロナウイルスの感染拡大で、追悼行事は3年連続で縮小されたが、小尻さんの知人や市民らが言論の自由の重要性などに思いをはせた。
1987年5月3日夜、同支局に目出し帽をかぶった男が押し入り、散弾銃を発砲した。犯人は「赤報隊」を名乗り「反日分子には極刑を」などと訴える犯行声明を報道機関に出した。事件は未解決のまま2002年に時効が成立した。
ミャンマー出身の女性(32)は、母国のメディアが国軍によるクーデターで抑圧され、軍に反抗した記者が殺害される事件も起きているとして「(襲撃事件を)とても身近に感じる」と献花に訪れた。
女性は「人間は自由がないと生きる意味がない。事件や小尻さんのことを知り、自由や人権の大切さを改めて強く感じた」と話した。(村上貴浩)









