神戸・三宮のゲイバー「レインボウビースト」の扉を開けると、店主のBEA(ビー)さん(55)はいつもきらびやかなショーと軽妙なトークで迎えてくれる。
ただ、楽しげな笑顔の裏で時々、人生のどん底を思い出す。
30代の頃、大阪で初めて開いたショーパブを1年足らずでつぶした。悩みもがいた末、残された選択肢は一つ。自己破産だった。
「たくさんの人に迷惑をかけ、裏切った」
それまで味方だった人々が離れた。人と会うのが怖くなった。自分を責めた。死ぬことを考えた。うつ病だと診断された。
ダンサーとしてやり直そう。前を向き始めた時、股関節に大けがを負った。「頭が真っ白になった。自分にとって唯一の武器だったのに…」。病院では「プロ野球選手なら引退」と告げられた。
一方で、1年以上通っていた心療内科ではこう言われた。「あなたは自己破産という背負っていかねばならない社会的制裁を受けた。これからは堂々と生きていいはず」
生きることを諦めない。この言葉のおかげで、そう思えた。脚を引きずりながら知人の店を手伝い、日々を食いつないだ。
再び店を持つことには迷いがあった。体のけがは癒えても、過去は消せない。
悩んでいた時、中島みゆきさんのコンサートに行った。子ども時代から大ファンだ。客席から見詰めていると、思いがこみ上げた。「もう一度、人前に立ちたい」。終演する頃には「店をやる」と決心していた。2013年3月、神戸に店を構え、プロジェクターや照明などを買ってショーを始めた。
コンサートのチケットは今も置いてある。
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営業前にダンスやバレエの教室、パーソナルトレーニングに通う。ターンでふらつき、すぐ息が上がる自分に甘んじたくない。「プライドだけはあるのね」
営業後の深夜からショーを作り込む。見た人に元気になってほしい、明日もがんばろうと思ってもらいたい。それが創作の源だ。
6月下旬、新型コロナウイルスの影響で2年ぶりとなったショーの夜、常連の男性3人が集まった。「妻が妊娠した」「離婚した」「彼女ができた」。それぞれが近況を報告した。
BEAさんがゲイだとはっきり自覚したのは思春期だ。多数派との間に壁を感じることはある。だから、営業中以外ではあえて明かさない。面倒なことはなるべく避けたい。
店でなじみの客と接していると、壁は感じない。
「時間がかかるだろうけど、この店とショーをこつこつとやっていたら、壁がなくなるかもな、って」
遠くから来てくれる人。ショーを見て号泣する人。「新聞に書けない話題」で笑い合える客。そんな人々を「友達や家族に限りなく近い存在」と例える。
客が「また来ますね」と店を出る。その人たちがまた来てくれた時が、何よりうれしい。店のやりくりはずっと綱渡りだ。でも、昔とは違う。今はたくさんの「味方」がいてくれる。(大田将之)