総合

本部救急隊3係の「いちばん長い日」 異臭死体、新型コロナ…出動に次ぐ出動「異常な夏」 神戸市消防局

2022/09/11 12:05

 猛暑と新型コロナウイルスの流行「第7波」が重なったこの夏、各地の救急隊は過酷な勤務を強いられた。神戸市消防局の救急隊は8月、過去最多となる1万52件(速報値)の出動を記録。同市中央区のポートアイランドを拠点に活動する本部救急隊3係の河野裕(ゆう)隊員(38)は「異常な夏。正直しんどかった」と振り返る。新型コロナ感染者の119番が爆発的に増えた影響で、かつてない「長い一日」となった8月12日の3係の動きと、河野隊員の思いをたどる。(田中伸明)

 【出動<1> 脈がない】午前10時16分~10時56分

 点呼と車両点検を終えた直後、「特定救急」の長いサイレンが鳴る。心肺停止状態の患者がいることを意味する。現場は中央区。独居の高齢男性はすでに死後硬直が始まっていた。訪ねてきたヘルパーが発見したという。警察官に引き継ぎ、手を合わせて引き揚げる。

 河野隊員の一言「もうちょっと早く呼べたら、チャンスがあったかもしれない。助けられなかったときは、やっぱりこたえますね」

 【出動<2> 胸が苦しい】午前11時42分~午後0時52分

 「ピーポー」と通常のサイレン。現場は須磨区。長距離の出動だ。高齢女性が胸の苦しさを訴えていた。車内で心電図を取る。狭心症の疑い。心臓を診られる近くの病院に搬送した。

 河野隊員「この日は結局、他区への出動が5回に上りました。須磨区への出動は、長田区や兵庫区など周辺の救急隊も出払っていたことを意味します。それほど逼迫(ひっぱく)した状態でした」

 【出動<3> 異臭がする】午後2時7分~2時57分

 昼食後、再び特定救急。兵庫区の高齢女性。異臭が漂い、ハエも飛んでいる。死後何日もたっているようだ。通報した同居の家族は「1週間ほど会話していない」。警察官の到着を待って引き継ぐ。

 河野隊員「疑問を感じても、掘り下げるのはわれわれの仕事ではない。必要なことは警察にきちんと伝えて、次の出動に備えます」

 【出動<4> 頭を打った】午後3時2分~3時49分

 署に戻ってすぐに「ピーポー」。警察経由の通報で、再び兵庫区へ。中年の男性が路上で転倒し、頭を打って倒れている。酒が入っているようだ。ガーゼとテープで応急処置。近隣の病院が受け入れてくれた。

 【出動<5> 転院】午後3時49分~5時9分

 署に戻る間もなく、東灘区へ出動。高齢男性。CT検査で脳内に血栓が見つかり、治療のため同区内の別の病院へ搬送した。

 河野隊員「この夏は、現場から現場へ向かう『連続出動』も異様に多かった。8月6日には、午後2時すぎから8時間半、北区など8カ所の現場を渡り歩きました。そんな時は、夏場に着ける冷却ベストの保冷剤もすっかり溶けてしまいます」

 【出動<6> 自宅で骨折】午後6時6分~7時20分

 ゆっくり息をつく間もなく、再び東灘区へ。高齢女性が自宅で転倒して動けないという。脚の付け根の骨折疑い。最近増えているケースだ。資機材を使って患部を保護。近くの病院には「新型コロナ対応で診られない」と断られたが、2件目の病院が引き受けてくれた。

 【出動<7> ふらつきとめまい】午後7時20分~8時0分

 連続出動で中央区へ。高齢女性がふらつきとめまいを訴える。脈拍や血圧などの「バイタルサイン(バイタル)」は問題なし。本人が希望する病院は業務逼迫で受け入れ不可。遠くの病院になる可能性を伝えると、家族は「後日に家の車で連れていきます」。結局、不搬送となった。

 河野隊員「救急は搬送先の距離にかかわらず運ぶのが原則。様子を見て、後で受診する方が楽なケースもある。救急車を呼ぶかどうか迷った場合は、救急相談ダイヤル♯7119(兵庫県内では神戸、芦屋市)に電話するのがお勧め。救急の逼迫を防ぐことにもつながります」

 【出動<8> 新型コロナ】午後8時3分~8時53分

 夕食を取る間もなく中央区へ。新型コロナの陽性者。感染対策マスクを装着し、手袋を2重にする。10歳未満の女の子。熱がありぐったりしているという。新型コロナの場合、搬送先の調整は保健所が担う。しかし、「第7波」拡大後は長時間待機しても見つからないことも多く、特に子どもの受け入れは難しい。病床不足の現状や、今すぐ悪化する心配はないことを保護者に丁寧に説明し、納得してもらう。不搬送。

 河野隊員「新型コロナ感染者への対応は長時間になりがちで、われわれにできることも少ない。症状の重い人の搬送先がなかなか決まらず、いったん引き揚げた後に心肺停止になった人もいました。つらいですが、我慢して待っていた患者さんはもっとしんどかったと思います」

 【出動<9> 脳卒中リスク】午後9時9分~10時19分

 休む間もなく再び中央区へ。中年男性がふらつきを訴える。血圧が180あり、脳卒中のリスクあり。1回の交渉で搬送先の病院が見つかり、ほっとする。

 河野隊員「この日は2次救急の病院が頑張って受け入れてくれて、非常に助かった。いったん断られだすとなかなか見つからないことが多い。病院交渉が4回以上、現場滞在が30分以上に及ぶ『搬送困難』の数が跳ね上がってしまいます」

 【出動<10> 胸の痛み】午後10時21分~10時51分

 再びタイトな出動。中央区。若い男性が胸の筋肉の痛みを訴える。すでに病院で診断を受け、すぐには治らないと言われたという。バイタルは問題なし。搬送しても状態は変わらないと伝えると、自力で救急車から降りて帰宅した。

 河野隊員「緊急性の低い出動要請はいまだにあります。感情的にはならずに、救急の厳しい状況を伝えています。理解してもらえればありがたいのですが」

 【出動<11> 強烈な吐き気】午後11時13分~午前0時13分

 体を休める間もなく、再び中央区へ、高齢女性。吐き気が強く、トイレでもどしていた。目の前がぐるぐる回って、立つこともできない。メニエル病の疑い。この日、頑張ってくれている病院が再び受け入れてくれた。長い一日になったが、運は悪くない。

 3係の3人で手分けして報告書をまとめた後、風呂に入って仮眠。何もなければ、つかの間の休息を取れる。

 【出動<12> 泥酔】午前5時52分~7時2分

 起床後に「ピーポー」が鳴る。中央区。夜通し飲んでいた若い女性が、吐いて動けないという。バイタルは異常なし。警察署に酩酊者の保護を依頼し、送り届ける。女性は、玄関に並べたソファの上に寝かされた。

 河野隊員「警察が迎えにくるのを待つと時間がかかるため、運びました。朝の時間帯は出動が多いため、緊急性のない事案は早く済ませたいのが本音ですね」

     ◆  ◆

 本部救急隊の出動は、1日当たり4、5件程度。8月12日は3倍近くに上った。同日、神戸市の救急隊全体では史上3番目の376件(速報値)を記録。お盆期間の8~14日、新型コロナ感染者への対応は突出して多く、搬送は257人、不搬送は265人(いずれも速報値)を数えた。

続きを見る
神戸医療新型コロナ

あわせて読みたい

総合

もっと見る 総合 一覧へ

特集