神戸で幼少期を過ごした漫画家「たもさん」は母親の影響で小学5年生から35歳になるまで、ある宗教団体に属した。部活も進学もあきらめて信仰活動を続けてきたが、自分が母親になり、子どもに教義を押しつけることへの違和感から脱会を決める。「子どもたちには『信じない自由』も与えてあげて」とたもさん。「宗教2世」としての体験をつづった漫画が注目されている。(小谷千穂)
■安倍元首相の銃撃後、注目集める
「今まで一度だって自分が自由だなんて思ったことない!」
宗教団体からの脱退を母親に告げた際、やめないように説得された主人公はそう言い放つ。たもさんが自身の経験をもとに書いた漫画「カルト宗教信じてました。」のワンシーンだ。
7年前に脱会するまでの25年間をつづった同作は、発表の場となったブログで人気を集め、2018年に出版された。安倍晋三元首相の銃撃事件後、親の信仰に苦しむ「宗教2世」の存在が広く知られるようになると、漫画を手に取る人が増えた。
たもさんは家族がいるため身元を明かしていないが、「少しでも世の中がよくなれば」と取材に応じた。ただ、2世の経験を語ることで「(銃撃事件の)容疑者を擁護するように思われ、さらなるテロの引き金にならないか」との不安もあるといい、あくまで「容疑者の行為は間違っている」との立場を強く訴える。
■中学の部活を退部、美術大学進学も断念
漫画は10歳の少女時代から始まる。母親に「近所に英語を教えてくれるお姉さんがいる」と言われ、信者の自宅に連れて行かれた。教団の聖典や出版物など難解な文章を読まされたが、「疑念を抱くには幼すぎた」。父親は信仰に反対しており、母親は家庭内に味方を増やそうとしたらしい。
学校では話し相手が少なかったが、信者の集会では笑顔で話しかけられ「ここでは受け入れてもらえる」と心を寄せていく。友人に笑われ、否定されるほど「正しいことをしている」との思いが揺らぎないものになり、民家のインターホンを押して布教する「奉仕活動」も始めた。
中学では演劇部に入った。しかし、部活が長引いて集会に遅れたことを信者の大人にとがめられ、1年ほどで退部。自分の気持ちより信仰が大事だと教えられていたから、抵抗はなかった。阪神・淡路大震災では地域の信者が亡くなり、「神は助けてくれないんだ」と思ったものの、救援活動にやって来る信者の多さが逆に信仰心を強めた。
絵を描くのが好きで美術大学に憧れていたが、それも断念。信者は布教活動に時間を使うため進学せず、アルバイトで働くのが良いこととされていた。同調圧力は強く、「あきらめるのには慣れていた」。
疑問を抱いたきっかけは結婚と出産だったという。信者らは何も分からない子どもに教義をたたき込むビデオを見せ、しつけと称してたたく。わが子が命に関わる病気になっても、教義に従えば適切な治療が受けられないこともある。一人の母親として受け入れがたかった。
その頃、団体の「闇」を告発する動画をインターネットで見たことも決定打になった。「25年間のアイデンティティーが崩れ落ちた」。
■スタバの新作ドリンクが飲みたい
「子どもが『イヤ』と言える環境をつくっていますか」。たもさんが漫画を通して問いたいことだ。
信仰から離れてからのことを、たもさんは「金魚鉢から大海に出る感覚」と表現した。宗教団体の意に沿うことだけを考えてきたため、自分のしたいことがよく分からない。「スターバックスの新作ドリンクが飲みたい」といった小さな願望をかなえながら、前に進んできた。
同じように、脱会してもなかなか社会に順応できない宗教2世は多い。たもさんは、精神面のケアや就職相談など再出発の支援を行政に求める。反社会的なカルト団体にあてはまる基準をつくり、「政治家はきっぱり縁を切ってほしい」とも。
今も信者の母親とは直接連絡を取り合えない状況だが、変わらず接してくれた高校時代の友人に救われた。「勇気を出してカミングアウトした友達がいたら、『そうなんや』と普通に接してくれたらうれしい」