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後半、攻め込む堂安律=ドバイ(撮影・金田祐二)
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後半、攻め込む堂安律=ドバイ(撮影・金田祐二)
教え子の堂安律(右)と肩を組み、笑顔を見せる早野陽さん(2018年ごろ撮影、早野さん提供)
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教え子の堂安律(右)と肩を組み、笑顔を見せる早野陽さん(2018年ごろ撮影、早野さん提供)
西宮SS時代に指導後も交流を続ける堂安律との思い出を語る早野陽さん=西宮市名次町
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西宮SS時代に指導後も交流を続ける堂安律との思い出を語る早野陽さん=西宮市名次町

 サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会で、日本は23日にドイツとの1次リーグ初戦に臨む。兵庫県尼崎市出身のMF堂安律(フライブルク)にとって、24歳で迎えた初の大舞台。小学生時代、西宮サッカースクール(西宮SS)で指導した早野陽さん(38)=西宮市=は、公私にわたって交流を続ける。14歳差と年は離れているが、兄弟のような仲だからこそ知る教え子の素顔とは。(有島弘記)

■重なった「英雄」の姿

 出会いは、堂安が浦風小4年生の時だった。地元尼崎の浦風FCから西宮市の西宮SSに移り、コーチ業1年目の早野さんが指導することになった。第一印象は「マラドーナみたいやな」。左足だけを使ったドリブルや巧みな駆け引き、自身が憧れるアルゼンチンの英雄の姿と重なった。

 性格は負けず嫌い。向き合う中で、早野さんは向上心を刺激した。試合会場に行くと、「あいつ、うまいよな」と他チームの選手を褒める。一方で、チームスタッフとは「てんぐにならないように」と決め、言動を見守っていたという。

■8時間の長電話、異国で共同生活も

 当時は名将ジョゼップ・グアルディオラが率いるバルセロナ(スペイン)が全盛期を迎えていた。試合のたびに感想を言い合うのが2人のルーティンだったが、「子どもと話している感覚はなかった」と早野さん。小学生はボールを持つ選手に目が行きがちだが、堂安は、パスの受け手の位置取りに関心を寄せ、アンドレス・イニエスタ(現ヴィッセル神戸)、シャビ(現バルセロナ監督)ら名手によるパスワークの本質を読み取ろうとした。

 堂安は小田南中(現小田中)進学とともにガンバ大阪のジュニアユースに入団したが、2人の関係は続いた。早野さんは「プライベートの話をしていたことが大きかったと思いますよ」と振り返る。一回り以上年下の堂安に、自身の恋愛事情を含めて私生活を包み隠さず話していたという。

 だからだろう、堂安が欧州を主戦場にする今も、連絡はほぼ毎日取り合う。海外初挑戦となったオランダのフローニンゲン時代には「寂しかったんでしょう」と8時間も電話で話し込む日があったという。新型コロナウイルスの感染拡大前には同国の強豪PSVに移籍していた堂安を訪ね、1カ月半にわたって生活を共にしたこともある。

■サッカーは「生活の一部」

 早野さんは、欧州挑戦後の最大の進化を体の強さに見る。「フローニンゲンの頃は(競り合いで)吹っ飛ばされていた。そこがめちゃくちゃ変わった」。堂安本人に聞くと、食事に気を使い、最適な筋力トレーニングを探し当てていた。

 幼少から見てきて感じるのは「サッカーが生活の一部になっている」ということ。サッカーを愛しているからこそ、堂安は努力を努力と思わず、心技体を磨き上げる。コミュニケーション能力の高さも成長の原動力。3兄弟の末っ子として生まれ育った影響か、日本代表では長友佑都(FC東京)ら年上の選手とも気さくに話す。当然、監督やコーチとも壁をつくらずに教えを吸収するので、与えられた役割を実行できる-というのが早野さんの分析だ。

■名前を世界に広めるプレーを

 早野さんは2012年、西宮市に「フエゴ」というスクールを立ち上げ、子どもたちを教えている。神戸国際大付高時代に司令塔を務め、18歳以下の関西選抜候補にも選ばれた選手だが、コーチとしての振る舞い方は、指導者1年目で出会った堂安の影響が大きいという。スクール生には、堂安が才能におごらず、技術や連係を磨いた姿勢を伝えている。

 出会って14年近く。昨夏の東京五輪を経て初のW杯に挑む若きアタッカーに対し、早野さんは「W杯は夢の中の一つに変わりない。堂安律の名を世界に広めるプレーをしてほしい」と、活躍に期待を寄せている。

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