107人が死亡した尼崎JR脱線事故で、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委)がまとめた調査報告書は、ゆがめられたのか。
運輸安全委の検証チームは19日、2回目の会合を大阪・梅田のホテルで開いた。事故で長女を亡くした大森重美さん(61)も出席した。報告書の問題点を前原誠司国交相にメールで直訴し、選ばれた。この日も「再発防止に向け、後世に役立つ報告書にするべきだ」と熱っぽく語った。
検証メンバーの構成は、遺族3人、負傷者とその家族4人、有識者5人の計12人。国の機関が被害者を交え、事故調査のあり方を見直す。異例の取り組みは、政権交代が後押しする形で始まった。
鳩山内閣の成立から9日後の昨年9月25日、前原国交相は定例会見で突然、事故調委の不祥事を公表した。2006~07年、在任中の山口浩一元委員(72)がJR西日本の山崎正夫前社長(66)と面会を重ねて情報を漏らし、委員会でJR西の意向に沿って報告書案の修正も求めていた-。前原国交相は「犯罪行為。言語道断だ」と断罪した。
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日本の事故調査は、捜査が優先され、再発防止のための原因究明が妨げられている。そんな指摘がある。実際、事故調査の報告書が刑事裁判の証拠にもなる。
そして、JR西と事故調委の委員の水面下での接触をつかんだのも捜査機関だった。09年7月に山崎前社長らを業務上過失致死傷罪で在宅起訴する捜査の過程で、神戸地検が確認した。山口元委員には同年5月から5回の事情聴取をした。山崎前社長の起訴前に、地検は情報漏えいの事実を国交省にも伝えたという。
だが、運輸安全委が情報漏えいを知るのは同年8月になって。山口元委員が別の委員に話し、分かったという。
運輸安全委は現在、委員13人で鉄道や航空の事故を調べる。うち旧国鉄や航空会社のOBは7人。出身企業との癒着は、元九州大大学院教授の後藤昇弘委員長(66)にとって想定外だった。「まさか、こんなことが…」。守秘義務は当然のモラルと信じていた。
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伏せられていた情報漏えい問題が次々と明るみに出て、事故調査の信頼が揺らいだ。JR西は、ほかの旧国鉄出身の元委員とも接触していた。旧国鉄OBに事故調委の意見聴取会公述人に応募するよう求め、謝礼を支払っていた。
被害者らに怒りと落胆が広がる中、前原国交相の対応は早かった。漏えい問題公表の2週間後、検証チームの設置を発表し、新政権が打ち出す「政治主導」を印象づけた。
検証チームの初会合は昨年12月7日だった。有識者として参加した作家柳田邦男さん(73)は「大臣が号令をかけたから、ここまできた」と語った。被害者を交えた議論を「歴史的」と評価する。
「捜査と調査のあり方は国交省の範囲を超えた政治レベルの問題だが、調査の独立性を打ち出せるよう問題提起したい」
(山崎史記子、三島大一郎、飯田 憲)
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2005年4月25日の尼崎JR脱線事故から間もなく5年。事故調査のあり方をあらためて問いたい。惨事を繰り返さないために。
2010/4/21