模索の一歩 尼崎JR脱線事故11年 安全へ
乗客106人が犠牲になった尼崎JR脱線事故から25日で丸11年となる。JR西日本は4月、人為ミス(ヒューマンエラー)をした運転士や車掌らを懲戒処分やマイナス評価の対象としない「非懲戒制度」を始めた。事故現場では慰霊のあり方を巡って遺族の思いが交錯し、組織罰法制化への動きも本格化する。安全を願い、今なお続く模索の歩みを追った。
「会社の土台を変えようとしている。信用してみようと思う」。尼崎JR脱線事故で妻と妹を亡くした浅野弥三一(やさかず)(74)=兵庫県宝塚市=は期待をのぞかせた。JR西日本が始めた「非懲戒制度」は、処罰を恐れずミスを報告させることで「事故の芽」を摘む狙いだ。
脱線事故では、個人の責任を追及する体質への批判が強く、JR西と遺族による「安全フォローアップ会議」に参加した浅野もこの点にこだわった。
制度開始に先立ち、JR西は2008年度、潜在的な危険を見つける「リスクアセスメント」を導入し、報告しやすい環境を整えてきた。
例えば、列車が赤信号を越え、自動列車停止装置で緊急停止したケース。運転士は「信号は青と思い込んでいた」と証言した。正面の信号は赤だったが、隣の青信号を誤認したことが判明。これを機に複数の信号がある箇所には番号を付けた。安全推進部担当部長の冨本直樹(47)は「今後は懲戒対象からも外れ、より報告しやすくなる」と話す。
一方で、現場には分かりにくさも残る。制度導入前に開かれた説明会。出席した運転士(56)によると、説明29分に対し、質問に割かれたのはわずか1分。そこで「基本動作をしないことは甚だしい怠慢に当たるのか」と問うと「総合的に判断する」との答えが返ってきただけだった。
怠慢によるミスは懲戒対象のままだが、線引きは支社長らでつくる委員会が判定する。基本動作とは信号や時間の確認。細かく複雑な上、長時間乗務で集中力が続かず抜けることもあるといい、運転士は「判断する側の恣意(しい)性に委ねられる」と不信感を抱く。
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非懲戒では航空業界が先行する。日本航空は1985年の御巣鷹山での墜落事故後もアクシデントが絶えず、国土交通省から事業改善命令を受けた。その後、第三者組織の提言で2007年に始めた。
安全推進本部マネジャーの辻井輝(48)は「当初は告げ口のような的外れな報告もあったが、今では質量共に充実した」。14年度の航空事故は乗務員のけがなど2件。ヒューマンエラーが原因のトラブルは65件と前年より微増したが、データの公表を始めた10年度(102件)より減った。導入後の重大事故はない。
「誰もが陥りやすい失敗、対策に役立った報告に対し役員が感謝状を贈るなど地道な対応を重ねた」と辻井。ヒューマンエラーに詳しい立教大教授の芳賀繁(63)は「安全な文化をつくるには、公正さが必要。職場の納得感が欠かせない」と指摘する。(敬称略)(小西博美)
〈非懲戒制度〉航空業界が先行
事故の起因となる人為ミス(ヒューマンエラー)をした社員に、怠慢や故意によらない限り、懲戒処分やマイナス評価の対象としない制度。JR西と事故の遺族らでつくる「安全フォローアップ会議」が「原因究明を優先し、社員を処罰しないよう」提言していた。航空業界では世界的潮流となっている。
2016/4/22