遠い事故ゼロ 尼崎JR脱線事故12年
乗客106人と運転士が死亡した尼崎JR脱線事故から25日で12年。人為ミスを犯した乗務員を懲戒処分にしない-。JR西日本が1年前に導入した「非懲戒」制度は、遺族をはじめ多くの関係者に波紋を広げている。事故につながる要因の予防策に優先順位を付ける「リスクアセスメント」、ホームドア設置などの「投資」。同社が掲げる「安全最優先」の今を検証する。(小西隆久)
発車直後、ごう音とともに脱線した。今年1月、岡山県総社市のJR伯備線豪渓(ごうけい)駅。3両目が車輪止めに乗り上げ、電車が止まった。乗客にけがはなかった。
岡山発備中高梁行きの普通電車(3両編成)の運転士は、駅から出発してすぐ、前方の枕木から白煙が出ているのを発見。降車し、消し止めた。線路の安全確認をし、運転士が運行を再開させた直後に脱線した。車掌が取り付けた車輪止めを外し忘れていた。
従来なら懲戒処分の対象となる重大な人為ミス(ヒューマンエラー)。だが、JR西日本の判断は「おとがめなし」だった。その理由は、人為ミスをした乗務員らを懲戒処分やマイナス評価の対象としない「非懲戒」制度。JR西が昨年4月に導入した。故意や怠慢などの悪質性が疑われる場合は、社内の判定委員会が調べる。
2005年の尼崎JR脱線事故では、JR西による懲罰的な社員教育が批判を浴びた。14年4月には、遺族や有識者による「安全フォローアップ会議」がミスに厳しい社員教育を問題視し「原因究明を優先し、当該社員を処罰しない」との提言をまとめた。重大リスクを未然に摘み取るのが制度の趣旨だ。
導入から1年。従来なら懲戒処分されていたミスは85件に上った。前年度は82件あった懲戒処分などが、16年度はゼロになった。JR西日本安全推進部の担当部長冨本直樹(48)は「ミスそのものに、故意や怠慢などがなかったと判断した」と説明する。かねてから非懲戒制度の導入を訴えてきた関西大の安部誠治教授(公益事業論)も「人はエラーするもの。正しい報告が上がれば、再発防止策につながる」と制度の効果をアピールする。
仮に、尼崎脱線事故の運転士が死亡していなかったら-。「今の制度に照らせば、社内での懲戒処分は出ないと考えます」。冨本は説明する。
事故で妻を亡くし、JR西歴代3社長などの裁判傍聴を続けてきた山本武(68)=西宮市=は「重大な事故を起こした人が乗務を続けて、安全性を重視していると言えるのか」と、制度に疑問を投げ掛ける。
同社幹部は「ミスと乗務員の適性は必ずしも直結しない。配置転換の判断は適性などを総合的に勘案するしかない」と理解を求める。しかし、ある労働組合からは「実態として、ミスをした乗務員が乗務から降ろされるのが依然続いている」との声も上がる。
結果に対する責任が取られず、適性や資質が見極められるのか。非懲戒で本当に重大な事故が防げるのか。制度の成否が問われるのはこれからだ。(敬称略)
2017/4/23