肌寒さの残る6月の午前7時すぎ。宍粟(しそう)市一宮町の山際にある小林温(おん)さん(62)宅を、ワゴン車が出発した。
乗っているのは温さん、次男の亮さん(29)と妻の恵さん(29)。亮さん夫婦は温さんと同じ敷地内に暮らす。
15分ほど走ると、木材の一時保管場所「土場(どば)」に。3人は作業用の靴に履き替えた。
温さんがチェーンソーで切り倒した木を、亮さんが重機でつかみ上げる。恵さんが別の重機で枝を払い、切りそろえる。あうんの呼吸。合図が交わされることもない。
温さんが所有する山林は約125ヘクタール。植えてから50年前後過ぎた“伐(き)り時”の木が多い。山を区割りし、間伐していく。
今の現場は、隣接する地元生産森林組合の山林。約250ヘクタールの手入れを請け負っている。
「ああっ、しもた」
温さんが木を倒す方向を誤った。亮さんの表情がきっと険しくなる。親子ゆえ、遠慮なく衝突することもある。
林業労働者の高齢化と離職は深刻で、兵庫県内だけでもここ30年で8割近く減っている。
後継ぎ、20代、しかも夫婦、とくれば三重に珍しい。亮さん夫婦は業界誌で何度も紹介されるなど全国的な有名人だ。
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中高時代から陸上選手として鳴らした亮さん。山口県内の大学に進んだが、2年目の春、足の故障などが原因で退学した。
折しも前年(2004年)の台風23号で木が根こそぎ倒れ、温さんは復旧に奔走。「大学辞めるんなら手伝うてくれ」。父の頼みを受け入れた。
地元で知り合った亮さんと恵さんは、23歳で結婚。恵さんは結婚前から山に弁当を届けるうち、簡単な仕事を手伝うようになっていた。
温さんは結婚と同時に日当を出すようにした。最新の重機も買った。操縦席は冷暖房が完備。きゃしゃな恵さんも涼しい顔でレバーを握る。
「そろそろ終わるか」
午後4時ごろ、作業終了。1日の“収穫”は原木40~50本分に相当する20立方メートル。トラックで木材市場に運び込む。
雨の日以外はこれが毎日、繰り返される。「4人いれば1人遊ぶし、2人やと足りんで。3人がちょうどいい」。親子の口癖だ。
◇ ◇
機械化により、若者や女性も山で働きやすくなった。最近は“林業女子”なる言葉も聞かれる。
でも「山にはいつまでもおらんで」と恵さん。
子どもができたら、温さんが引退したら、補助金がなくなったら、どうする? 2人は先を見据え、今のうちに自分たちの林業を築かなければならない。
「後継者不足って聞くけど、もう増えんでええ。仕事の取り合いになるで」。亮さんは笑うが、偽らざる本心かもしれない。
(黒川裕生)
2015/7/26