卒業後に森林組合に就職し、今も宍粟(しそう)で暮らしている大阪出身の1期生がいる-。
兵庫県立山の学校(宍粟市山崎町)で、そんなうわさを聞いた。今や林業に進む生徒がほとんどいなくなった同校にとっては、数少ないモデルケースだろう。早速、しそう森林組合波賀支所(同市波賀町)の武田晋一さん(41)を訪ねた。
その前に、森林組合の説明を。森林所有者が出資する協同組合で、組合員の森林整備や地域の森づくりを請け負う。専門技術を持った職員が現場の仕事を引き受けるところが、農協とは異なる。
宍粟市では一宮町を本部として、山崎町、波賀町、千種町に支所がある。2005年の4町合併に伴い、組合も一体化した。組合員は計約5500人。
大阪府豊中市出身の武田さんは、高校卒業後、自然の中で働きたいと山の学校へ。前身の波賀町森林組合の作業員になった。現在、同町内の山で間伐に携わる。
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「今日はシンクロせんかったな(息が合わなかった)」「いつもやんけ」
武田さんと、相棒の前田憲一さん(35)は、山でも軽口が止まらない。昼休憩中は、スマホのゲーム談議に花を咲かせる。
中堅として支所での信頼は厚い。すっかり「森の国」に溶け込んでいるようだが、なかなか大変な道のりだった。
団地育ちの武田さんがこの地で暮らし始めて面食らったのは、あまりにも濃厚な隣近所との付き合いだ。葬式や法事はもちろん、誰かが選挙に出れば「よく知らなくても」手伝いにかり出される。拒否権はない。
そして消防団。日ごろの防火、防災活動は言うに及ばず、毎年末には「特別警戒」と理由をつけて、詰め所で三日三晩飲み明かす。
「面倒っちゃ面倒なんですけど。自分でここに住むと決めたわけですし」。高校の同級生だった有里さん(41)と23歳で結婚し、1男1女をもうけた。
有里さんは「川で遊んだり木の実を食べたり。子育てには最高の環境だった」と振り返る。子どもたちも手が離れ、今は近くの介護施設で働いている。
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林野庁は2003年度、未経験者の採用に助成金を出す「緑の雇用」を始めた。この制度は、三浦しをんさんの小説のモデルにもなり、全国でもじわり効果が出てきた。だが宍粟ではまだ、都市部から入ってくる動きは鈍い。
「林業は国や県の方針ありきで、ややこしい部分も多いけど、自然相手でストレスもたまらない」と武田さん。
宍粟育ちの前田さんが混ぜ返した。「でも結局、そのうち大阪帰るんやろ?」「帰らんわ」
(黒川裕生)
2015/7/31