いのちを学ぶ
電車内ではスカート姿で足を広げて座り、中学生になっても異性の先生にまとわりつく。見知らぬ人にも愛想がいい。
兵庫県内に住む母親(38)は、娘の一挙一動にはらはらさせられている。
娘は数年前、注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断された。考えずに行動しがち。「悪い人にだまされるのでは」。心配は尽きない。
実際に知的障害者らが狙われた性犯罪では証言の信用性が壁となり、事件化されないケースも多い。
法務省によると、2018年度に「嫌疑不十分」で不起訴になった性犯罪548件のうち、被害者に障害があったのは約1割の60件。「客観証拠と整合しない」「うそや記憶違いの疑い」など、被害者の供述が不起訴理由に挙げられた。
一方、学校での性教育は一進一退が続いてきた。
03年に起きた「七生(ななお)養護学校事件」。東京都の特別支援学校で行われた性教育を「不適切」と都議会議員が批判し、訴訟に発展した。
「批判された授業は性被害や、思春期の性衝動による問題を防ぐためだった」と当時の教諭日暮(ひぐらし)かをるさん(73)。だが、「事件を機に性教育の現場は萎縮してしまった」と唇をかむ。
大阪府松原市の福祉施設「ぽぽろスクエア」。約20年前の開設時から「心と体の学習」と題した授業を続ける。
「好きです」
授業中、告白シーンのロールプレーが始まった。男性が女性の好意を断ると、教室がわっと沸いた。
「フラれちゃった!」「でも、断り方が優しい」。授業を受ける男女8人から、感想が口々に飛び出した。その後、ストーカー行為のロールプレーに続く。
開設当初から指導にあたる元教諭の千住真理子さん(69)は「性の目覚めはだれにでもある。でも、『性教育=性交を教える』ではない」と話す。
苦い記憶がある。長年、障害児の就職を支えてきたが、社会に出てから予期せぬ妊娠や人間関係につまずく子も少なくなかった。障害があっても恋愛や結婚を楽しむには-。たどりついた答えが、性教育だった。
保護者に感謝される一方、周囲から「何も分からない子を刺激する」と反発されたことも。でも、信念は揺るがない。「自分の体との付き合い方や、他者との関係性を知ってほしい」
大阪府の養護教諭、船木雄太郎さん(43)は、支援学校で自作の歌やダンスを通じて「必要な性の知識」を伝えている。歌詞にあるのは、性器などを指す「プライベートパーツ」の大切さ、他者との距離感…。歌で伝えると、障害の重度にかかわらず子どもたちが自然と覚えてくれた。
異性に抱きついたり、危険な自慰行為にふけったりと問題行動を起こす子のうち、過去に性被害を受けていた子も多かった。悲劇が生まれ続ける現状に「正しい知識を教えて、理不尽な連鎖を止めたい」と語る。
知識は子どもたちにとって「お守り」になるはず。そう信じて、進み続ける。(末永陽子)
2022/1/6