いのちを学ぶ
教壇の養護教諭、尾崎枝理子さん(33)が5年生の児童らに○×クイズを出した。
「友だちの写真をSNS(会員制交流サイト)にあげてもいい?」
「インターネットで犯罪被害に遭うのは女子だけかな?」
昨年11月中旬、神戸市須磨区、南落合小学校。児童らは「それはええんちゃうん」「違う!」と自由に発言しながら前のめりになって手を挙げる。
普段、尾崎さんは保健室にいる。慣れない授業に少し緊張したが、言葉に熱が帯びた。「同じ兵庫県の子で、SNS上で相手を好きになって、会いに行ってしまった子もいるんやで」
クイズに続き、女児がSNSで知り合った男子大学生と会い、犯罪に巻き込まれるという文部科学省の教材動画を流した。子どもたちはしんと静まり、真剣な表情で見入る。ドラマはカラオケボックスで複数の男たちに囲まれるシーンで終わり、その先の被害は描かれていない。
あえて、それぞれの想像に委ねるラスト。児童の中には「女の子は帰るのが遅くなっちゃったと思う」「男の人たちにいじめられた」と、性的な被害を理解できていない子もいた。
警察庁によると、2020年、SNSに起因した児童ポルノなどの犯罪被害に遭った18歳未満は1819人。前年から減少したものの、高い水準が続く。
市教育委員会は現在、10年ぶりに教職員に向けた市独自の性教育指針の改訂に取り組む。尾崎さんは高学年の児童への指導方法を検討する教員グループの一人だ。
授業後、尾崎さんは「5年生にどこまで話してええんやろう…。ちゃんと伝わったかなぁ」と悔やんだ。参観した教員らからは「性被害、性犯罪という言葉が直接的で難しい」「オブラートに包みすぎると情報モラルの授業になり、伝えたいことがぶれてしまう」と伝えられた。
一方、同じ指導案を基に授業を行い、「体を触られたり、写真を撮って売られたりする。男の子もだよ」と被害の内容まで踏み込んだ男性教諭もいる。
学級の雰囲気や子どもとの距離によっても伝え方は変わる。性教育を通じて教えたいことは何か? 複数の教員が「自分を、命を大切にしてほしい」と口をそろえた。
「子どもが被害者だけでなく、盗撮の加害者になるリスクも高くなっている」。長年性犯罪者に関わってきた大船榎本クリニック(神奈川県鎌倉市)精神保健福祉部長の斉藤章佳(あきよし)さんがそう指摘する。
「わが子にスマホを買い与える際、使用する時間などのルールを決める家庭は多いが、性教育的指導はできていない」
スマホが当たり前の時代に生まれた世代。何げない撮影が、盗撮にエスカレートしてしまう。斉藤さんは「スマホを渡す機会を性被害、加害について教えるきっかけにしてほしい」と語る。子どもの心と体を守る。家庭でも、学校でも大人の責任は重い。(名倉あかり)
2022/1/7