いのちを学ぶ
所要時間約30分。全身麻酔で眠っている間に、すべて終わっていた。
兵庫県内の女性(38)は昨年、14個の卵子を凍結した。ホルモン剤の注射や副作用のむくみなど施術前の負担は大きかったが、想像より楽だった。「もっと若いうちにやっておけばよかったかな」。病院のベッドでそう思った。
外資系企業でキャリアを重ねてきた。きっかけは失恋。35歳で恋人と別れ、将来への不安が膨らんでいった。「結婚は何歳でもできる。でも、妊娠は…」
若い卵子を凍結保存することで、母体が年齢を重ねても妊娠しやすい。セミナーをはしごし、ネットで口コミを入念に調べた。40代で不妊治療を続ける会社の先輩にも後押しされた。
初期費用は約50万円。「女性は『産むか、産まないか』で線引きされる。未来の保険だと思えば高くはない」。ただ、「自然の摂理に反する」と反対した両親には今も話せていない。
卵子凍結はもともと、抗がん剤治療などを受ける患者らに適用され、治療後の妊娠・出産に道を残した。ただ、近年は健康な独身女性が、仕事や結婚など自らのライフスタイルを考えながら選ぶ。
英(はなぶさ)ウィメンズクリニック(神戸市中央区)の水澤友利(ゆり)医師は希望者に丁寧に説明する。凍結した卵子すべてが体外受精で受精卵になるとは限らない▽受精卵を子宮に戻す時期が高齢になれば、妊娠の確率は下がる-。卵子を採取する際の出血などリスクもあるため日本産科婦人科学会は推奨していない。
新しい命をめぐる環境が揺らいでいる。
日本産婦人科学会によると、2019年には14人に1人が「体外受精」で産まれ、過去最多の6万598人。不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は5・5組に1組とされる。
高齢出産の増加に伴い、「新出生前診断」が増える。妊婦の血液からダウン症など胎児の3種類の染色体異常を調べる。結果次第で人工中絶につながることもあり、重い課題をはらむ。
兵庫医科大学病院(西宮市)は検査前のカウンセリングを重視し、夫婦で十分考えるよう助言する。上田真子医師(42)は「結果を妊婦に丸投げではなく、前後にケアできる体制が必要」と強調する。
医師に「陰性」と告げられた時、兵庫県内の別の女性(38)は胸をなで下ろした。同時に、激しい自己嫌悪に襲われた。「自分の中の差別意識に、改めて気づいてしまったから」
妊婦健診で新出生前診断を知った。子どもの名前や洋服を調べていたスマートフォンで、「ダウン症」と検索する日々。夫の仕事は夜勤があり、自分は契約社員。遠方に住む両親の支援も期待できない。陽性だったら-。悪い想像ばかり膨らんだ。
夫婦でカウンセリングを受け、出生前診断に反対だった夫を説得した。約2週間後、陰性だと知らされたが、心のつかえは取れない。「産むか、産まないか以上に、生命や幸せについて深く考えた」。今の社会はどんな子も幸せに生きられるのか、と。(末永陽子)=おわり=
2022/1/11