認知症について、神戸大教授らに対策を聞くこのシリーズでは、認知症を発症した人への対応や、運動と認知機能との関係を紹介してきました。さて、日常生活から発症を予防することはできるのでしょうか。今回は、神戸大大学院保健学研究科の種村留美教授(59)に、普段の心掛けでできる脳機能の鍛え方を聞きました。(聞き手・田中宏樹)
■注意働かせ生活、脳に刺激を
-「脳を鍛える」とは。
「脳は多くの神経細胞でできており、細胞数は20歳ごろにピークを迎えます。年を取るとともに神経細胞は消失しますが、そのペースを緩やかにするためには脳を使い、活性化させることが大切です。認知症の予防には脳全体の活性化が必要で、特に前頭葉を鍛えるのが良いとされます」
-前頭葉にはどのような役割がありますか。
「注意力をつかさどるほか、物事を計画して実行し、成果を振り返る遂行機能があります。また、短い間だけ記憶を保管する貯蔵庫のような役割も果たしています。脳にはタンパク質が集まってできる『老人斑』と呼ばれるシミが、認知症発症の20年前からたまり始めるとされています。そのため、80歳で発症すると想定しても、60歳から脳を鍛え始めないといけません」
-普段の暮らしの中で鍛えられますか。
「前頭葉を活性化させるには、生活の中でさまざまな注意を働かせることが大切です。例えば、病院へ行く予定があれば『日にちは正しいか』『忘れ物はないか』と意識して準備をします。次の診察日を伝えられれば、『ほかの予定を入れてはいけない』と考えて日時を書き留めます。常に小さなメモ用紙を持っておくと良いでしょう」
-より効果的に鍛えるにはどうすれば。
「遂行機能を働かせることが重要です。そのためには、場当たり的ではなく計画を立てて物事を実行するよう心掛けましょう。ただ、同じことの繰り返しでは脳の活性化につながりません。散歩のコースを変えてみたり、花やペットの写真を撮影してみたりするなど新しいことへの挑戦や、日常に少しの変化を加えることが大切です」
-最も患者が多いアルツハイマー型認知症で、最初に影響が出るとされる「海馬」も鍛えられますか。
「記憶をつかさどる海馬は脳の中で最も脆弱(ぜいじゃく)です。アルツハイマー型では海馬が萎縮し、記憶障害の症状が出ます。意識して物事を覚え、海馬に刺激を与えることで鍛えることができます。高齢になると記憶力は低下しますが、活用できる記憶術はいくつかあります」
-どんな方法でしょう。
「一つは連想して言葉を結び付ける方法です。例えば、机とウグイスでは『机の上にウグイスが止まって鳴いた』などとイメージします。たくさんの言葉を覚える際は、同じグループに属するものをひとまとめにして記憶する『チャンク化』が効果的です。スーパーなどへ出掛ける時は、買いたい商品を野菜、果物、日用品などに分けて考えると覚えやすくなります」
-ほかにも脳を鍛える方法はありますか。
「昔の記憶をたどり、回想する『アルバム療法』があります。高齢になると若い時の記憶があいまいになりがち。アルバムや古い新聞を見て、旅をした思い出や当時のニュースなどを思い出し、時系列に記憶を整理する作業は認知症予防に役立ちます。もちろんクロスワードパズル、漢字や計算のドリルも有効です。これらは1日30分程度を目安に、最低でも2日に1回のペースで継続すると良いでしょう」
▽たねむら・るみ 1958年、長崎県生まれ。作業療法士。2004年に広島大学大学院医学系研究科博士後期課程を修了し、07年より現職。17年度から神戸大大学院保健学研究科のアジア健康科学フロンティアセンター長も務める。神戸市在住。