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 被災地から国のあり方を問う運動が、被災者生活再建支援法という新たな制度を生み出した。「被災者に公的支援を」。市民、行政、議会の複合的な取り組みは、災害行政の転換を促した。災害保障の制度を求める署名が全国で二千五百万人に達するなど、阪神・淡路からの発信を世論が後押しした。自助努力のスタートラインに立つことも困難な被災の厳しさを政治が認知するまでに、三年半近くを要し、内容の不十分さを指摘する声もある。運動や法案調整にかかわってきた各団体代表らに、新たな制度の評価や今後の課題、取り組みを聞いた。(藤井洋一、西海恵都子、森玉康宏、小西博美記者)

 「国が、被災者個人の財産を補償することはできない」

 震災直後の混乱の中で、政府はこれまでの災害行政の姿勢を変えないことを示し、被災者救済の限度を設けた。これを突き動かす運動が被災地で始まった。

 震災が起きた一九九五年春、復興県民会議が発足し、被災者救済を掲げた運動を展開。兵庫県なども住宅再建のための地震災害共済の設立を提唱した。

 「自助努力により生活を再建するには、生活基盤回復の支援が必要」

 作家の小田実さんの呼び掛けに弁護士や市民らが集って案をまとめ、九六年五月、「生活再建援助法案」を発表。九月には兵庫県や全労済協会、日本生協連が、二千五百万人を目標に地震共済制度を求める署名運動をスタートさせた。国会では新進、民主(いずれも当時)が独自の支援法案を発表した。

 九七年、政治の動きが一気に加速した。兵庫県は四月、基金制度創設などの「総合的国民安心システム」を提唱し、全国知事会を舞台に政策を練り上げていく。小田さんら市民グループに賛同する超党派の議員は、現行の災害弔慰金法を改正する「災害被災者等支援法案」を参議院に提案した。

 知事会がまとまったことを受け、自民党と政府が調整を開始。今年四月、参院・災害対策特別委員会で、与野党が法案の一本化でまとまり、六党が共同提案した「被災者生活再建支援法案」が参院を通過した。

 被災地の公的支援については今後、具体的な論議に入る。この三年半近くの不足を補い、今の被災者の窮状を救うものとなるのか。実質的な支援を求める運動は、なお続く。

布藤明良氏/日本生活協同組合連合会常務理事/個人補償の壁破った

 法律にはなじみにくい個人補償の壁を破った、という意味で、法案成立は大きな成果だった。それを推進したのは国民の力だ。われわれも全国的な市民運動で、地方議会や国会議員への働きかけを行った。被災地だけの運動では、壁は破れなかった。

 それでも、住宅再建は今後の課題として残る。検討課題として付則で明記できたのは良かった。

 被災地では、仮設から復興住宅までかなりのお金を使った。しかし、人々の暮らしや地域社会というより、行政本位だったのではないか。もっと知恵を出して、柔軟な運用で災害救助を図るべきだ。

 今後、全労済など四団体の連絡調整会議で残された課題に取り組む。自治省や都道府県の基金運用に問題が出ないよう見守りたい。住宅再建支援制度にも、連絡会議に研究会を設け、その研究成果で国会議員を巻き込んでいければ、と思う。住宅再建は基金では無理で、共済制度的なものにする必要がある。

略歴

 全労済グループなどと国民会議を結成、署名活動や国会への要請行動に取り組んだ。大震災時に救援活動した全国生協の一万人のボランティアが今回の運動でも活躍した。

柿沢弘治氏/自民党地震保険共済等小委員長/生活補助 意味大きい

 日本の災害施策は、これまで公共基盤の修復が中心だった。そこに個人の生活再建支援という新たな柱を認めさせた。また、すべてを国に頼るのではなく、まず各都道府県が相互扶助で基金をつくり、そこに国が補助する枠組みを設けることで、地方自治の新たな形も示した。この二つが、阪神・淡路大震災を教訓に実現した支援法の成果だ。

 特に、都市災害では多くの被災者が想定され、生活再建策の意味は大きい。都市部選出議員(東京都江東区)として、貴重な仕事ができたと思う。

 ただ、大規模災害を考えれば、法律の内容はさらに拡充が必要だ。付帯決議に示したように、財政構造改革が軌道に乗る五年後に見直さねばならない。付則の住宅再建制度の検討も急務で、法律策定と同様に政治がリードすべきだ。

 生活再建策への党内理解は、われわれが法案策定を始めたころより、ずいぶん高まった。今後の課題に対処するため、さらに党内世論を盛り上げたい。

略歴

 全国知事会がまとめた災害相互支援基金構想を基に、党地震対策特別委員会の保険共済等小委で議員立法を検討。九七年十月に素案をまとめた。

合志至誠氏/兵庫県保険医協会名誉理事長/将来の被災者も救えぬ

 自民など六党提案の被災者再建支援法案は、被災者の声が国を動かし、実質的な被災者の個人補償に乗り出さざるをえない状況をつくり上げた結果と評価している。しかし、半歩前進に過ぎない。この法律は、阪神・淡路の被災地でなされた支援を法的に裏付けただけで、今の被災者はもちろん、将来起こる災害の被災者を救済するにも不十分だ。

 何より金額、支給範囲ともに、大震災の経験が全く生かされていない。これでは災害のたびに、第二、第三の神戸を生み出してしまう。被災地では、法案の参院可決後も、被災者の自殺が続いている。私の病院にも担ぎ込まれた。被災者に生きる希望を与えられない法案を、受け入れることはできない。

 われわれが支持する超党派の法案(市民立法案)は、公の場で審議されないままだ。審議すれば、今の被災地の現状が浮き彫りになり、この程度の支援では窮状を救えないことが明らかになる。そのことを隠したまま法律を作るのはひきょうなやり方だ。

 国民の生活、命をなんと考えているのか。新しい仕組みを作り出そうというのなら、もっと真剣に論議をしてもらいたい。

略歴

 兵庫県保険医協会は九五年三月、兵庫労連などともに復興県民会議を発足させ、九六年一月には公的支援拡充を求める「四十八氏のアピール」を発表。九七年にはアピールを百二十六氏に増やし、国会議員を中心に賛同の呼び掛けを展開。同年五月の住民投票運動では八十六万票を集めた。

山岸章氏/全労済協会理事長/住宅再建支援が課題

 法案成立には、兵庫県をはじめ日本生協連、連合、そして一般市民の努力が大きなエネルギーになった。与党議員を動かし野党議員の共同行動を促して、大蔵省の厚い壁を破った。

 とりわけ、被災者への支援制度確立を求める二千五百万人の署名が原動力になった。憲政史上も例がない署名数だ。私たちも非常に責任が重く、今は肩の荷を下ろしてホッとしている。

 法案には、所得制限が厳しく支給金額が低いとの批判もあるが、制度のフレームを確立したことに大きな意味がある。今後災害が起こるごとに手厚くすればよい。完ぺきを求めれば、法案はつぶれただろう。

 しかし、山登りでいえばまだ八合目だ。国民会議の本来の目的は、住宅再建支援制度の創設だった。生活再建支援制度だけでは十二分ではない。

 官僚の壁は厚かった。国家財政危機のなか財源をどうするか。私有財産を公的資金で援助はできない、との筋論をどうかわすか。そして、阪神・淡路大震災の被災地へのそ及をどうするか、という問題があった。

 法案は三つあり、地元選出議員は当然、被災地への対応にこだわった。それだけにこだわっては法案はできない。入り口は複数でも、出口は一つにしようと説得に回った。知事会案では「そ及しない」としていたが、付帯決議で対応することで足並みがそろった。皆で考え出した知恵だ。

 残る課題は、住宅再建支援制度。国民会議は、法案成立で発展的に解消する。その後は、四団体の連絡調整会議で連携を取り、新たな問題に取り組む。

 最も良いのは、専門家を含めた審議会をつくり住宅再建の基準や財源などについて議論することだ。できるだけ早く結論を得たい。

略歴

 全労済協会と日本生協連、連合、兵庫県で「自然災害に対する国民的保障制度を求める国民会議」を結成。四十七都道府県に県民会議を設け、審議会設置を政府に求める署名運動などを進めた。

<法律成立までの足取り>
1996・1・10 兵庫県内の医療や教育など各界の代表48人が政府に公的支援の拡充を求めるアピール発表
1996・5・29 作家の小田実さんらが「生活再建援助法案」発表
1996・7・19 兵庫県や全労済協会などの「自然災害に対する国民的保障制度を求める国民会議」発足
1996・9・26 「市民=議員立法実現推進本部」結成
1997・2・20 国民会議が約2500万人の全国署名を首相あてに提出
1997・4・20 被災者への公的支援実現を訴える住民投票運動スタート
1997・4・25 超党派議員と推進本部が市民立法案の骨子発表
1997・4・30 兵庫県と被災10市10町が新基金制度創設を提言
1997・5・14 民主・旧新進・旧太陽の3党が野党案を衆院提出
1997・5・20 超党派議員が市民立法案を参院提出
1997・6・3 公的支援実現を訴える住民投票の約86万票を総理府に提出
1997・6・12 野党案の廃案決定
1997・6・17 市民立法案の継続審議決定、参院災特委で趣旨説明
1997・7・17 全国知事会が「災害被災者相互支援基金構想」創設を特別決議
1997・10・8 自民党が知事会構想を基に法案骨子策定、政府と調整開始
1997・12・9 参院へ野党案を提出
1997・12・12 市民立法案、野党案の継続審議決定
1998・2・9 政府・自民党が法案内容に合意
1998・4・3  参院災特委で野党案の趣旨説明
1998・4・10 同委で市民立法案、野党案の審議入り
1998・4・20 3法案を一本化し共同提案で与野党合意
1998・4・24 与野党6党共同提案の被災者生活再建支援法案が参院本会議で可決
1998・5・15 衆院で再建支援法案を可決成立

1998/5/17
 

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