自然災害の被災者への現金支給に初めて踏み込んだ「被災者生活再建支援法」が成立した。今後、阪神大震災の被災地では「法に相当する程度」と付帯決議された行政措置の行方が焦点となる。一方、地震などへの備えを検討する自治体では、同法を組み入れた被災者対策の見直しも始まった。災害行政の転換ともいえる新たな制度だが、まだ第一歩を踏み出したにすぎない。(森玉 康宏、西海 恵都子記者)
「分割支給では被災者支援の効果は極めて薄い」。兵庫県震災復興研究センターの出口俊一事務局長は、被災地への行政措置について「一括支給でこそ、心理的・経済的効果が上がる」と主張する。
行政措置の内容はまだ決まっていないが、阪神・淡路大震災復興基金の生活再建支援金、中高年自立支援金を支給総額から差し引いて対応し、分割支給の可能性が高い。
分割支給にならざるを得ないのは、金融機関に預けた運用益で事業を進める基金の性格にある。一度に多額の費用が確保できない。「基金の積み増しなど知恵と政治的な決断が必要」と出口事務局長。さらに、生活再建支援金などは「自立支援」を名目に仮設から恒久住宅に移らないと支給されないが、今回の行政措置でも同じ支給方法が取られては意味がないとする。
百十一にも上る復興基金事業。しかし、対象要件の厳しさなどから「使い勝手が悪い」との批判は根強い。行政措置もその延長線で検討されつつある。
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「今、成立しました」「ありがとうございました」。十五日午後、静岡県庁別館四階の防災局に大きな声が響いた。生活再建支援法成立の連絡に、幹部らは互いの労をねぎらった。
東海地震対策の検討を続ける静岡県では、阪神大震災以前から全国知事会で被災者支援のための基金創設を呼び掛けてきた。大震災後、生活再建対策の重要性を再認識したという。
第二次東海地震被害想定は、マグニチュード8の規模で地震予知がなかった場合、県内で全・半壊四十三万三千棟、県内世帯の一割を超す約十三万二千世帯が一カ月以上避難生活を強いられる、とする。
島明彦・防災計画室長は「現金支給の仕組みができたことで、仮設住宅戸数を下方修正できるかもしれない。この法律だけでは不十分な面もあるが、被災者救済の大きな柱になるのは確か」と評価する。
阪神大震災を教訓に生活復興マニュアルを策定した東京都。仮設住宅の建設戸数を最小限に抑えたい考え。同法が被災者の自立支援につながると期待するが、とても十分な内容ではないとする。「例えば、仮設の建設費用を個人の住宅再建に回すような、現在の法の枠組みを超えた運用を考える必要がある」(伊藤章雄・災害対策部長)
新しい制度はできたが、被災者支援の仕組みは扉が開いたばかりだ。
1998/5/17