今年1月、道の駅「杉原紙の里・多可」(兵庫県多可町加美区鳥羽)の駅長に就任した吉岡潤さん(24)は、動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿するユーチューバーの顔を持つ。内容は友人との共同生活やゲームのプレー実況動画など。駅長としては年間売り上げ1億円の達成、投稿者としては高収益化を目指す。
吉岡さんは自他ともに認める「目立ちたがり屋」。大阪府豊中市で生まれ、同志社大学を卒業。大手衣料品会社に就職したが、昨年8月に退職し、地域おこし協力隊員として多可町に移住した。
同町に先に移り住んでいた友人2人に合流し、男3人で暮らす。友人の職業は映像作家とコールセンター業務。全く異なる仕事に就いた友人と同居生活を送っている。
既存の価値観に縛られず、大阪から移住して二兎(にと)を追う若者。その暮らしをのぞいてみた。(伊田雄馬)
■何げない日常風景を動画で投稿
吉岡さんが住む多可町加美区門村の家の間取りは、12SLDK。二世帯住宅として使えるほど部屋が多く、庭も広い。家賃は月10万円という。
共同生活は偶然同じタイミングで仕事を辞めた入井祐さん(24)、岡田航さん(24)が2020年9月ごろに始めた。多可町を選んだ理由は明確だ。
「予算内で借りられる、最も広い家を関西全域で探した結果が多可町だった」(入井さん)
2人と吉岡さんは中学から大学まで10年間を共に過ごした同級生。一緒に暮らすことを知った吉岡さんは家に遊びに来るようになり、足を運ぶうちに大学時代に開設したユーチューブチャンネル「アーバン座」の存在が頭をよぎった。
吉岡さんが「座長」、当時の友人14人が「座員」となり、大喜利や料理、日常の出来事を投稿。チャンネル登録者数はわずか200人ほどだが「もう一度、夢を追えるのでは」という思いが体の中を渦巻いた。
仕事を辞め、地域おこし協力隊に応募して、2人の家に転がり込んだ。入井さんは企業広告などを請け負う映像作家。岡田さんは企業のコールセンター業務で、家でリモート勤務する。異なるリズムで働きながら、料理をしたり、雪の上で相撲を取ったりと、田舎暮らしの日常風景を動画に収めてユーチューブへの投稿を再開した。
「仕事を辞めた」という友人がいれば迎え入れて居候させ、事情があれば家を出ても構わない。来る者拒まず、去る者追わず。岡田さんが「日常のようで非日常。ワーキングホリデーみたいな感覚」と言えば、吉岡さんが「ホリデー過ぎるやろ」とつっこむ。
吉岡さんは語る。「普通に働くより稼げるようになれば、立ち上げメンバー14人の仕事を辞めさせて、グループで活動したい」。多可町の一角に「ユーチューバー村」を作る日を夢見ている。
■雪に覆われる冬場の集客が課題
前職の大手衣料品会社では阪神間の店舗で副店長を務め、「物を売るのには自信がある」と道の駅での仕事を選んだ。昨年10月から働き始め、3カ月間の下積みを経て駅長に就任。「初めて経験する業務が多く戸惑った」という。
レストランとキャンプ場の運営に土産物の販売、週末の朝市。4部門から成る道の駅運営に加え、草刈りなどの周辺整備も仕事に含まれる。駅長として「スタッフは目の前の業務に必死。従業員が一つのゴールに取り組めるよう意識を統一していきたい」と気を引き締める。協力隊の任期の3年で、年間売り上げを現在の7千万円から1億円に到達させるのが目標という。
道のりは険しい。同施設は都市部からのドライブやツーリングの目的地や休憩所として人気を集め、施設前を流れる杉原川には夏になると大勢の親子連れらが涼を求めて訪れる。一方、道路が雪に覆われる冬季は来訪者が極端に少なく、客数の平準化が課題という。
「特産品の自社ブランドを立ち上げて、品ぞろえの充実を図りたい」と吉岡さん。播州百日鶏など、地元農産物で加工品を開発して商品力を高めていきたいという。
また、新型コロナウイルスの終息後には施設周辺での集客イベントも構想している。「静かで自然あふれるロケーションを生かし、小規模な音楽フェスを企画したい」と描く。
新卒で入った会社を離れ、たどり着いた多可町。「同級生に『あいつ、終わった』『社会から逃げている』と引かれているのは知っています。でも最終的な幸福度は僕らの方が上だと証明したい」と熱を帯びる。









