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半グレだったという男性が住んでいたアパート。ここから生活を建て直すはずだった=神戸市内
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半グレだったという男性が住んでいたアパート。ここから生活を建て直すはずだった=神戸市内

 「反社(はんしゃ)」-。芸能人の闇営業問題などを通じ、「反社会的勢力」の略語として広く知られるようになった言葉だ。その弊害や注意喚起が叫ばれ、新型コロナウイルスが社会を揺るがす中でも、反社が関わる犯罪は後を絶たない。背景には、反社に加わる若者の存在がある。なぜ彼らは裏社会に身を置くのか。過去の取材ノートから、暴力団と一般人の中間の「半グレ」のグループを率いていたある若者の話を紹介する。

 「すごく甘い物が好きになるんです。刑務所ではほとんど食べられないから」。2018年末。神戸・三宮の居酒屋で会った上村翔太=仮名=は、そう言ってスイーツをほお張った。酒は全く飲めないという。

 人懐っこく、20代後半にしてはどこか子どもっぽい笑みからは想像が難しいが、翔太は何度も窃盗容疑で逮捕され、少年院や刑務所で過ごした期間は通算10年に上っていた。

 本人が言うには、10代半ばから20代前半まで、九州で窃盗グループの中心人物だった。ただ暴力団組員ではないという。

 「ローンも組めないし、携帯も持てない。今どき組員になってもいいことはないです」。地元の暴力団から犯罪に必要な情報を仕入れるなど付き合いはあったが、組には加入しなかった。いわゆる「半グレ」だ。

 ヤミ金業も収入源で、ノウハウやこつは暴力団に教わった。金を貸しても返済してくるのは6~7割。残りの客には貸し出す上限額を決め、損害を最小限に抑える。踏み倒す客は、電話での話しぶりで何となく分かったという。警察に尻尾をつかまれないよう、福岡や東京など拠点は頻繁に変えた。「下手を打ったことはないけど、日本中動き回らないかんのがつらかったですね」

 酒を飲めない翔太だが、一番羽振りがよかった時は、夜の街で1カ月に1千万円使ったという。「犯罪でもうけた金って、調子に乗って使っちゃうんです」。照れくさそうにほほ笑んだ。

     ◆    ◆

 屈託なく過去の犯罪歴を話す翔太。それは彼にとって「友達との思い出」と同義だ。

 最初の盗みは中学生の時。それまで友達とバイクでひったくりをしていたが、「冬は寒いから」との理由で店舗を狙うことにした。見張りを立て、店に忍び込むのは3人。テレビドラマのまねだった。何件目かで360万円を盗んだ。「“成功体験”にはなります。あの年頃で。『やったぁ』となる」

 中学卒業直後に逮捕された。少年院を出ると、友達の輪に戻り、再び当然のように犯罪に手を染めた。暴力団からの下請けで、犯罪に使われる携帯電話や口座を確保する「道具屋」なども始めた。

 手掛ける犯罪がエスカレートし、手に入る金が増えるにつれ、翔太の周りに集まる若者も増え、グループは約30人までに膨らんだ。

 10代後半で大金を手にし、4LDKのマンションに住み始めると、仲間も身を寄せるようになった。「グループに最初のころからいるやつらは家族みたいだった」と振り返る。中には、自宅や児童養護施設から逃げ出した10代半ばの子どもたちもいた。「金目当ての子もいたけど、寂しくて寄ってくる子もいたはず。大人を信じられなくなっている子どもが多かったな」

 仲間の話になると口調に熱がこもる。「信じられないかもしれないけど、『家なき子』っていっぱいるんですよ」「外国人の子どもというだけでいじめられていたとか、ヤクザが親族におるとか。普通の境遇の子っておったんかなぁ」

 翔太自身も、父は台湾出身。だが顔は知らない。義父からは虐待を受けた。翔太は幼少期から家出を繰り返しては、何度も児童養護施設に預けられ、そこでも激しいいじめや体罰を経験したという。

 彼のマンションに集まる子たちも、多くは親の薬物依存症や虐待に苦しんでいたそうだ。「薬物はやるな。性犯罪は許さない。それが僕らのルールだった」。そう語る表情から笑みが消えていた。

     ◆    ◆

 記者が何度か取材で会った頃、翔太は数年の刑期を終えて出所した後で、更生に踏みだそうとしていた。幸せな家庭に憧れ、「こんな生き方では駄目だ」と思うようになっていた。2人の人物とのつながりが、その思いを後押ししていた。

 1人は母親だ。母のことは心のどこかで恨んでいた。幼い頃、父が翔太を虐待すると、母も一緒に布団たたきでぶった。食事をこぼしたとか、ささいな理由だったと記憶している。

 直近の収監中、刑務所での面会で翔太の心に変化が生じた。母は、2人を隔てたアクリル板に手を当てて言った。「あんたの手に触りたい」「その手は人を傷つけるためにあるんじゃない」。ずっと向き合えなかった母と触れ合えた気がした。

 もう一人は、3歳ほど年上のアヤコ=仮名=だ。出会いは小学生の時。深夜のコンビニで、見るからに腹をすかせた翔太に声を掛け、自宅に招いてくれた。アヤコは当時「レディース」のリーダーだったという。

 以来、翔太は「アヤコ姉(ねえ)」と慕い、アヤコも何かと気に掛けてくれた。今回の出所後も、神戸での仕事を世話したり、被害者への弁済を肩代わりしてくれたりしたが、翔太は彼女を裏切っていた。数カ月で仕事を辞め、東京でまたヤミ金を始めたのだ。

 結局すぐにアヤコにばれ、神戸に戻った。運よく建築関係の仕事も得て「今度こそ」と誓った。「また悪いことをしようかと思うこともある。でも母やアヤコ姉たちの顔が浮かぶと、踏みとどまろうと思う」。真剣な顔つきだった。

 それから間もない19年6月。倉庫や工場での連続窃盗事件の容疑者として、翔太は兵庫県警に逮捕された。また、振り出しに戻った。

【記事リンク】

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