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鑑真和上と東山魁夷の心を伝える《濤声》=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)
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鑑真和上と東山魁夷の心を伝える《濤声》=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)
鑑真和上にふるさとの光景を捧げた《揚州薫風》=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)
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鑑真和上にふるさとの光景を捧げた《揚州薫風》=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)
月夜の穏やかな景観を見せる《桂林月宵》=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)
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月夜の穏やかな景観を見せる《桂林月宵》=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)
《濤声》のための下絵なども見せ、制作過程も紹介した。展示替えで現在は《山雲》などの基になったスケッチ類が並ぶ=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)
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《濤声》のための下絵なども見せ、制作過程も紹介した。展示替えで現在は《山雲》などの基になったスケッチ類が並ぶ=神戸市立博物館(撮影・中西幸大)

 「描くこと」は「祈ること」。そう信じる近代日本画の巨匠が、10年をかけた渾身(こんしん)の大作だ。苦難の末に失明しながら奈良時代の日本に渡り、戒律を伝えた唐の高僧、鑑真和上に美しい風景を捧(ささ)げるために-。神戸市立博物館(同市中央区)の「東山魁夷(かいい) 唐招提寺御影(みえい)堂障壁画展」(神戸新聞社など主催)では全68面が出そろう。堂内を再現し、臨場感を生む構成。高僧と画家の深く清らかな心に包まれるようだ。(小林伸哉)

 「鑑真和上の精神から発したものが、私を導いて、この絵を描かせたと思われてならない」。東山氏(1908~99年)は著書で記す。

 日本仏教の発展に尽くした鑑真和上(688~763年)は、船の難破や妨害などで、渡日を5度失敗して視力を失っていた。6度目の挑戦で754年、奈良に着いた。日本行きを決心して12年がたっていた。

 開祖となった律宗の総本山である世界遺産・唐招提寺(奈良市)の御影堂では、国宝「鑑真和上坐像」をまつる。東山氏は1970年12月、堂内5室のふすまや床の間などを彩る障壁画の制作を依頼された。

 東山氏が熟慮を重ねた末、坐像を拝していて「和上の不撓(ふとう)不屈の精神力に導かれてゆくように」感じた。71年7月に受諾。研究を重ねて構想し、80年にすべての障壁画を完成させた。坐像を納める厨子(ずし)の扉絵を仕上げたのは81年。依頼からおよそ11年の歳月が流れた。

     ◇

 鑑真和上は命を懸けて日本の地を踏んだ。しかし、山と海を目にすることはかなわなかった。その青い光景を、東山氏はどうしても捧げたかった。

 73年、東北から兵庫の浜坂などの日本海を中心にスケッチを重ねた。冬の荒ぶる海で大波にじっと堪える岩。「勁(つよ)い魂が宿っているように思える」。鑑真和上の精神性と重なって見えたに違いない。

 海を描いた《濤声(とうせい)》。右から左へと打ち寄せる波は、幅約20メートル、16面のふすま絵で連なっていく。大迫力のパノラマにあって、松が生えた立岩、波をかぶった平岩が向かい合う。二つの岩の間のふすまを開けば、その奥に鑑真和上坐像が姿を現す配置とした。

 東山氏は長野県などの山々も訪ねて、題材を探し求めた。岐阜県の天生峠では、初夏の山々に霧が舞う光景に見とれた。虚空のどこかから声が聞こえたという。「この風景を描け」と-。

 心に刻まれた各地の風景が《山雲(さんうん)》に結実する。雲烟(うんえん)漂う緑の山肌、谷間を流れる滝…。静けさの中にホトトギスが飛び交う。

 75年奉納の両作は「色彩で描いた水墨画」と評される。絵の具を火にかけるなどして、渋く落ち着いた色調に。東山氏は「古(いにし)えの高徳の僧に捧げる鎮魂歌として、精神性の深まりを希(こいねが)った」とつづる。

     ◇

 両国の文化を結んだ鑑真和上の精神を表すため、東山氏は第2期の制作で、高僧のふるさと中国を描いた。現地での丹念な取材などに3年をかけ、三つの間の42面に水墨画で挑んだ。

 《揚州薫風(ようしゅうくんぷう)》は、鑑真和上坐像が置かれる「松の間」を、出身地である揚州の湖に見立て描いた。湖上に座る高僧を26面のふすま絵で囲む。遠くまでゆるやかな水の流れが続き、柳が軽やかに揺れる。ふるさとの風を感じられるように-。

 《桂林月宵(けいりんげっしょう)》は、月夜に浮かぶ奇峰を見渡す夢幻の世界。《黄山暁雲(こうざんぎょううん)》は岩山と松の峻厳(しゅんげん)な景色だ。俯瞰(ふかん)したり、見上げたり、遠くを見渡したり…。それぞれ画家の視点の置き方に着目すると、緻密に計算された構図も味わい深くなる。

 東山氏は「白刃の上を渡るような想い」で取り組んだ。80年2月、落款をしたとき、71歳になっていた。「全く心身共に空になった感じであった」と振り返る。

     ◇

 東山氏は3歳から神戸で育った。「私の少年時代が幸福であったと今でも思えるのは、神戸には山があり海があったからです」と書き残す。ふるさと神戸で、この障壁画を含む大規模展は17年ぶりだ。

 御影堂で障壁画の一般公開は、例年は6月6日の開山忌を含む3日間のみ。御影堂はしばらく修理事業中のため、今回の展示は貴重な機会となる。

 この特別展は6月9日まで会期延長して開催中。会期中は5月24日のみ休館。神戸市立博物館TEL078・391・0035

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