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江戸時代に築造され、「日本最古」の称号を持つ「旧波門崎燈籠堂」=明石市港町
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江戸時代に築造され、「日本最古」の称号を持つ「旧波門崎燈籠堂」=明石市港町
「播磨国明石城図」に残る「燈籠堂」の表記と平屋の建物(明石市提供)
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「播磨国明石城図」に残る「燈籠堂」の表記と平屋の建物(明石市提供)
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 歴史遺産の「最古」「最大」をめぐる話題は世間の耳目を集める。「日本最古の時計台」の座をかけ、兵庫県豊岡市の辰鼓楼(しんころう)と札幌市の時計台との間で起こった論争も記憶に新しい。江戸時代に築造された同県明石市の旧灯台「旧波門崎燈籠堂(はとさきとうろうどう)」もこれまで「現存する石造り灯台で日本最古」として知られてきたが、この称号に疑問符が付いているという。どういうことなのか、調べてみた。(小西隆久)

 旧波門崎燈籠堂は1657年に設置されたとされる。明石市は2004年、築造時の姿に復元する計画を立て、学識者らによる研究会を設置。台形の台座に灯籠部が設置された石造りの灯台の中では最古との調査結果をまとめた。

 形状を厳密に区分したのは理由がある。「日本燈台史 100年の歩み」(海上保安庁編)によると、現存する旧灯台で最も古いのは、1628年に造られた「春日崎灯明台」(新潟県佐渡市)。石材を段々に積み上げた形状で、明石の旧燈籠堂とは異なる。

 旧燈籠堂はいつしか、「石造りの灯台で日本最古」に変遷したが、本来は「高い台形の台座を持つ石造りの灯台としては日本最古」。だが、この見解にも疑問符が付くという。明石市の稲原昭嘉・文化財担当課長の説明はこうだ。

 1644年に描かれた「播磨国明石城図」には既に「燈籠堂」の表記がある。稲原課長は「明石城築城時(1619年)に港を整備した際、燈籠堂も設置したのではないか」と推測する。ただ、当時から現在の燈籠台があったかと言えばそうではない。描かれているのは平屋の建物なのだ。

 今に残る台形の台座は、1721年に記された「明石記」収録の「内川之図」まで確認できないという。さらに台座には「合端(あいば)合わせ」という江戸時代中期以降の技法が使われ、稲原課長は「築造時の姿でそのまま残っているとは考えにくい」との見方だ。

 ただ、事情は古い灯台に共通するようだ。佐渡市教育委員会の学芸員平野黎さんは「厳密な意味で現存していると断言できないのは、春日崎灯明台も同じ」と明かす。

 春日崎灯明台は何度か修復された痕跡があり、石の積み方などから江戸後期に築き直された可能性もあるという。平野さんは「結局は文字の史料で残された建造物がそのままの場所にあれば現存しているということになる」と説明する。

 とまれ、明石の海運拠点としての発展を見守り続けた旧燈籠堂。明石市は今後、修復・復元し、ライトアップするなどして観光資源にする計画だ。「日本最古」にこだわらず、明石港のランドマークとしての存在感を期待したい。

     ◇     ◇

■灯台の魅力いろいろ

 今回、灯台の基礎知識などを教わったのは、航路表示の資料保存などを担う公益社団法人「燈光会」(東京都)。灯台守の互助組織として大正時代に発足し、現在は、海上保安庁が作成した資料を基に日本各地の灯台をPRする活動にも取り組む。

 主に紹介するのは、明治期以降に建造された西洋式の灯台。日本で最初の西洋式灯台は神奈川県の「観音埼灯台」(1869年)。同会が西洋式最古の石造り灯台と認めるのは和歌山県の「樫野埼灯台」(1870年)という。

 「あくまで灯台に興味を持ってもらうために紹介しており、最古などにこだわっているわけではない」と同会。ちなみに兵庫県では、海面から光源までが約284メートルある「余部埼灯台」(香美町香住区余部)が「標高の高い灯台」として紹介されている。

     ◇     ◇

【旧波門崎燈籠堂】 明治政府の工部省が作成した資料によると、江戸時代の1657(明暦3)年、5代明石藩主松平忠国が設置したとされる。海上交通の要衝だった明石の水運と商工業の発展に貢献した。昭和期に灯籠部を木製からコンクリートに改修。明石港の拡張で新しい灯台ができた1963(昭和38)年に役割を終え、99年に明石市へ所有権が移された。2014年に国登録有形文化財、21年に明石市文化財に指定。

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