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高鳳翰が左手で手がけた書などが並ぶ会場=大阪市立美術館
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高鳳翰が左手で手がけた書などが並ぶ会場=大阪市立美術館
鄭燮の書とともに、作品の料金表の拓本も展示されている=大阪市立美術館
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鄭燮の書とともに、作品の料金表の拓本も展示されている=大阪市立美術館

 「怪」とは「あやしい」のではなく、異才をたたえた褒め言葉だ。大阪市立美術館の特別展「揚州八怪(ようしゅうはっかい)」では、18世紀中国の優れた書画家たちを紹介する。文化華やぐ商業都市・揚州で、斬新な表現を生んだ彼らは、洗練され、遊び心があり、何より人間くさい。病で苦しんでも、職を奪われても、その逆境を芸術に結実させた。生き方も表現もクセは強いが、とってもすがすがしい。(小林伸哉)

 「揚州八怪」とは、いわば「8人の傑物たち」。塩商で発展した当時の揚州では、商人は壮麗な山水図を家に飾り、文人は詩を作って酒を楽しむなど、美を味わう文化が花開いた。清代中期の優れた書画家として、後世の批評家らがそれぞれ8人の名を挙げたため、諸説を合わせると「揚州八怪」は15人ほど存在する。それだけ多彩な才能が生まれたことを物語っている。

 今回はコロナ禍で中国からの作品輸送がかなわず、実物の展示は国内の収蔵作のみで、揚州八怪としては12人分。実物約70点のほか、中国側の所蔵作は精細な画像などで見せる。同館で揚州八怪の大規模展示は1969年以来、52年ぶり。その先駆者や影響を受けた後世の書画家も紹介する。

 新奇性を好む人々で活気にあふれた揚州では、八怪らの手で、先進的な表現が次々と生み出されていく。

 金農(きんのう)は、新しい“フォント”を作ったといえる。「漆書(しっしょ)」と呼ばれる様式だ。横画は力強く太く、縦画は細く、左払いは鋭い。70代で創作が最も盛んになる遅咲きの作家だった。

 鄭燮(ていしょう)は堂々と書画制作の料金表を掲げた。「現金をいただくと心の底よりうれしくて、書画はみな佳(よ)くなる」。正直な人だ。40代でようやく官僚採用試験に合格し、凶作に苦しむ人々を助けたが、大官らに恨まれ罷免された。蘭(らん)と竹と石を愛して、風格ある姿で描き続けた。

 高鳳翰(こうほうかん)も役人だったが、無実なのに陥れられ免官に。50代で右手が病で動かなくなり、左手で創作を始めると、より風趣に富む書風となって評価が高まった。

 汪士慎(おうししん)は54歳で片目を失明後も、愛した梅花を描いた。67歳で両目とも見えなくなると、狂草体の書に取り組むように。親友だった金農は「目は見えなくなっても、心に見ることができる」とたたえたという。

 彼らの人生模様はさまざま。試験に7回落ちたり、官職にあって4度も弾劾されたり、失意で20年間も放蕩(ほうとう)したり…。描くのは花や鳥など身近な題材だ。すっと柔らかな線もあれば、鋼のような筆致もあって。にじんで、かすれて。心の素直な動きが浮かぶ。

 担当学芸員の森橋なつみさんは「描いた作家がどんな人かを知れば、より面白くなる。人間ドラマがある。もっと感情移入できる」。コロナ禍にあって「今の苦境を生きるヒントを感じ取れるかもしれません」とも語る。

 笑える作品も並ぶ。例えば、揚州八怪らの書画に学んだ斉白石(せいはくせき)の「紅蓮游魚図(ぐれんゆうぎょず)」(前期展示のみ)。魚の顔の大胆な描写は衝撃的だ。「えっ、落書きでは?」。時を超え、傑物らの自由な精神に触れたようで、気分が軽やかになった。

 8月15日まで。月曜休館(同月9日は開館)。前期展示は7月11日まで、13日から後期展示。大阪市総合コールセンターTEL06・4301・7285

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