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(上)沖縄戦終結後、収容施設で遊ぶ子どもたち。「ひめゆり学徒隊」にいた女性が見守る(沖縄県公文書館所蔵)(下)ホリーニョさんがカラー化した写真
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(上)沖縄戦終結後、収容施設で遊ぶ子どもたち。「ひめゆり学徒隊」にいた女性が見守る(沖縄県公文書館所蔵)(下)ホリーニョさんがカラー化した写真
ホリーニョさんの似顔絵(本人作)
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ホリーニョさんの似顔絵(本人作)

 今回の案内人は、戦中戦後に沖縄県内で撮影された白黒写真のカラー化に取り組むホリーニョさんです。きれいな海が大好きで、夏休みはリゾートでのんびり。けれど、ある出会いから、島の歴史に目が向くようになったそうです。

 まずは写真集「沖縄1935」(朝日新聞出版)から。大阪朝日新聞のカメラマンが1935年に撮影した、サトウキビ栽培に汗を流す青年団や、魚を手に笑顔を見せる漁師の姿などを収めています。地元紙「沖縄タイムス」の記者が丹念な取材で撮影場所などを特定し、解説を添えています。

 市場や商店はにぎわい、物も豊富で、漁師町として栄えた糸満には瓦ぶきの家が並ぶ。戦災に遭う前の、基地もない沖縄の日常風景を見ていると、自分との距離がぐっと近づき、その後の沖縄戦で失われたものが実感を持って伝わってきた。撮影当時の新聞記事もあり、戦時体制に住民を組み込む意図があったことが分かってくると、写真の印象が変わる。入り口は広く、奥の深い一冊です。

 戦前の暮らしを知ると、そこに写る人たちのその後が気になり、「沖縄戦を知る事典」(吉浜忍ほか編・吉川弘文館)を手に取りました。「非体験世代が語り継ぐ」という副題の通り、1949~95年生まれの編者28人が、「地獄」と呼ばれた沖縄戦について、どうすれば今の人に伝わるかを懸命に考え、編んだ本です。67項目とコンパクトですが幅は広く、私も断片的だった情報がこの本で整理された。米軍普天間飛行場が、役場や学校があった町の中心部に後から造られたことも教わりました。

 自分とは無関係だった歴史と接点が生まれ、道しるべとなったのが、「はじめての沖縄」(新曜社)です。著者は社会学者の岸政彦さん。世代も職業もさまざまな人々の話を聞きつつ、語り手がはっきり決められない、例えば本土や基地への複雑な思いに時間をかけて耳を傾け、丁寧にすくい取る。

 著者は一方で「沖縄と日本との境界線や、日本がこれまで沖縄にしてきたことの責任を解除するような方向で語らないこと」を、自身に課す。「いまだ発明されていない、沖縄の新しい語り方が存在するはずだ」と呼び掛ける。

 読み終わってすぐ決定的に自分が変わる、という本じゃない。でも問いは確実に残されて、答えを出したいと思いながら生きていく。沖縄を「観光地」として訪問される多くの方々に、ぜひ読んでいただきたいです。

     *     *    

 初めて沖縄に行ったのは高校の修学旅行。就職後も、空港から海辺に直行する観光客でした。

 2016年、広島・呉の戦時下の日常を描いた映画「この世界の片隅に」を見たんです。大好きなドラマ「あまちゃん」で主演したのんさんが主役の声を担当していたので。戦中の生活や街並みなどがすごく細やかに描かれていて、「灰色の世界」と思っていた時代が自分と地続きになり、沖縄の歴史にも関心が芽生えました。

 18年には「沖縄1935」の写真をカラー化された東京大学の渡邉英徳教授の講習に参加。そして19年夏、米軍統治下の沖縄で撮影された写真に心を動かされ、色を付けてツイッターで発信すると多くの反応があり、取り組むようになりました。

 これまで約200点をカラー化しました。子どもや女性ら、今の人も親しみを感じられる写真を中心に、AI(人工知能)でざっと着色し、手動で補正しています。発信すると、「命が宿りますね」「胸が詰まる」といったコメントが寄せられる。撮影地を説明してくれる人もいて、コロナ禍が収束したら、ぜひ訪ねたいです。

 色を付ける時は写真と対話する感覚になる。遠い過去の人でなく、向こう側にもう一つの世界があり、そこで生きているように感じて、いつも驚きがある。こんなふうに手を動かしたり撮影場所を探し歩いたりすることで、「自分事」になっていくのだと思います。(聞き手・新開真理)

【ホリーニョさん】1979年兵庫県西宮市生まれ、大学卒業まで同市で暮らす。現在は大阪市在住の会社員。カラー化写真はツイッター(@horinyo)で公開。

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