• 印刷
谷川浩司九段(資料写真)
拡大
谷川浩司九段(資料写真)
谷川浩司九段(資料写真)
拡大
谷川浩司九段(資料写真)
対局室の検分を終え、撮影に応じる藤井聡太王位(右)と豊島将之竜王=神戸市北区有馬町、有馬温泉の旅館「中の坊瑞苑」
拡大
対局室の検分を終え、撮影に応じる藤井聡太王位(右)と豊島将之竜王=神戸市北区有馬町、有馬温泉の旅館「中の坊瑞苑」
第3局で豊島将之竜王に勝ち、感想戦で対局を振り返る藤井聡太王位=神戸市北区有馬町の「中の坊瑞苑」
拡大
第3局で豊島将之竜王に勝ち、感想戦で対局を振り返る藤井聡太王位=神戸市北区有馬町の「中の坊瑞苑」

 将棋の藤井聡太王位が、羽生善治九段(51)の記録を28年ぶりに更新し、19歳1カ月で史上最年少三冠を達成した。藤井三冠の戦いぶりは? 快進撃は続くのか? 最年少名人の記録を持つ谷川浩司九段(59)=神戸市東灘区=に聞いた。(井原尚基)

■闘志見た王位戦、叡王戦

-棋聖戦開幕前に、藤井三冠のこれほどの活躍を予想していたか。

 「今期の棋聖戦と王位戦は藤井さんにとって初めての防衛戦でした。データによると、初めての防衛戦に成功する棋士は3人に1人くらいです。藤井さんも渡辺明三冠、豊島将之竜王という最強の挑戦者2人を迎えたわけですので、どうなるかと思っていましたが、予想以上の活躍を見せてくれました。振る舞いも素晴らしく、堂々たる防衛といっていいでしょう」

 「いつの時代でもタイトル戦は年長者のほうが大変です。藤井さんにとっては、結果が悪くても貴重な経験になり、それを糧に進化すればいいわけですが、年長者は、そんなわけにいきません。渡辺さん、豊島さんも覚悟を決め、準備を整えて臨んだと思います」

-豊島竜王との王位戦、叡王戦を見て。

 「豊島さんとしては、王位戦第2局が最も痛かったでしょう。第1局は、いい内容で快勝し、第2局も事前の研究が奏功して作戦通り有利に進めていましたが、藤井さんが苦しい局面になっても引き離されず、豊島さんも決めきれませんでした」

-谷川九段が立会人を務め、神戸で指された王位戦第3局は。

 「1日目が終わったあたりは豊島さんが作戦的にはうまく指していたが、2日目、豊島さんの手番で、人工知能(AI)が発見した、4筋の突破を目指す手を豊島さん自身は発見できませんでした。その後、ペースを握った藤井さんの勝ち方は、さすがでした」

-叡王戦の5局は。

 「叡王戦は、すべて先手が勝ちましたが、第2局は豊島さんの逆転勝ちみたいな感じでしたし、王位戦も含め、内容的には藤井さんがずっと押していた感じがしました。中終盤の精度の高さなどで差が出てしまい、豊島さんは、あまり本調子ではなかったように見えました」

 「ハードスケジュールの中、藤井さんはほかの相手との対局もありましたが、豊島さんはほかの人の対局が、ほとんどなかったようです。同じ相手と対局を続けて、しかも分が悪いということになると、なかなか気持ちを切り替えて臨めなかったのかもしれません」

-谷川九段も同じような時期があった。

 「2000年の夏、羽生さん(善治九段)と棋聖戦と王位戦のダブルタイトル戦を戦いました。棋聖はこちらが持っていて王位が羽生さん。そのときは両方ともフルセットで負けてしまい、タイトルも失ってなかなかの虚脱感がありました。成績でいうと棋聖戦は2勝3敗、王位戦は3勝4敗で、トータルでは5勝7敗。ひどい負け方はしていませんが、最終局で勝つか負けるかというのは大きかったですね」

-谷川九段は「棋士には勝負師、研究者、芸術家の顔が必要だ」と語ってきた。

 「今回の王位戦と叡王戦でいうと、豊島さんがかなり勝負を考える一方、藤井さんは勝負というよりも真理を追究しているように見えました。藤井さんが勝負師になるのは形勢が苦しくなったときですが、最近は藤井さんの形勢が苦しくなること自体が少ないですよね。豊島さんは叡王戦第2局で相当苦しい将棋を逆転しましたが、あの対局などは、かなり勝負を迫っていた印象があります」

 「王位戦第5局も、豊島さんが銀をただで取られる場面があり、形作りをして負けるという負け方もありましたが、勝負を続けました。あれなどは、その日の勝負だけでなく、今後も続く藤井さんとの対局を見据え、消えそうな闘志をふりしぼって指した感じがありました」

■事前研究 いっそう重要に

-谷川九段から見て、今の藤井三冠の課題は。

 「藤井さんの中終盤力は棋界ナンバーワンです。序盤の精度も上がり、弱点が見つからなくなってきました。今は終盤だけでなく序盤もトップクラスになっています」

-具体的には。

 「戦術的なことをいうと、藤井さんは四段昇段直後は角換わりが多く、そのあと、矢倉も指すようになり、ここのところ相掛かりも指しています。相掛かりは体系的に整備しづらく、定跡化しにくいところがあるので、似たような形でも一カ所違うだけでも大きく結論が変わってくるところがあります。また、序盤から一気に中盤戦になる可能性になる将棋なので、非常に神経を使う戦法です。藤井さんは、1年くらい前までは、相掛かりの経験が少なく、対戦相手から相掛かりに持ち込まれてしまうことがありましたが、最近は相掛かりの研究も、指し手の精度もトップクラスになりました」

-弱点が見つからない中で、藤井三冠は今後、どのように強くなる。

 「今は人工知能(AI)を使って研究できます。完璧に指して勝ったと思っても、AIで精査するとわずかな疑問手が見つかることがあります。また、自分が最善手だと思った手と同じくらい価値の高い手があったことが分かったりもするので、対局ごとに課題を見つけることができます。ですから、藤井さんのように8割以上勝っている人でも研究課題を日々見つけ、研究を重ねていくことがしやすくなっています」

 「以前は最近の公式戦や対戦相手の棋譜を並べることで前日の準備はOKでしたが、今は序盤だけでなく中盤戦、終盤戦の入り口くらいまで対局の進行を想定することが可能になっています。それがいいことなのか分かりませんが、そういう時代だからトップ棋士は、そこまでやらなければいけなくなっています」

 「将棋は中盤戦の終わりから終盤戦まで、形勢が微差であれば時間がいくらあっても足りません。そのことを考えると、研究できることは対局前に行い、考える時間を中盤戦の後半以降に取っておくことになります」

■竜王戦、見どころは

-10月に始まる竜王戦で、豊島竜王はどのように戦うべきか。

 「豊島さんにとって、叡王戦の最終局で敗れたことは大きかったでしょう。勝っていれば今夏のタイトル戦は1勝1敗の痛み分けで、気持ちをすんなり切り替えて竜王戦に臨めたと思います。連敗という結果になり、ちょっと心中察するところがありますが、これは勝負なので、前向きにとらえることでしょう。王位戦と叡王戦で作戦の選択や中終盤の戦いに課題があったと思うので、それをどう生かすかに注目したいです」

-藤井三冠にとっての竜王戦の位置づけは。

 「藤井さんが竜王戦の挑戦者になるのは初めてで、大きな勝負であることは間違いありません。八大タイトルの中で竜王と名人は特に大きなタイトルなので、その一つを含む四冠になれば、藤井時代の到来ということになるでしょう。しかし本人はそのようなことは全く意識していないでしょうね」

-竜王戦7番勝負は、どこに注目したい。

 「プロ的には、どんな作戦になるかに興味があります。王位戦と叡王戦は角換わりと相掛かりのシリーズでした。その角換わりも、以前から大流行している腰掛け銀ではなく早繰り銀が多かったので、それがどうなるか。将棋界全体の流行や2人の関心も、少しずつ変わっていきます。お互いに先手で3通り、後手で3通りの作戦を事前に想定し、あるいは7番勝負が進む中で課題の局面を見つけて採用することになるでしょう」

-どんな勝負を見たい。

 「2人の対局は意外に矢倉がありません。せっかくの番勝負なのでいろんな戦型を見たい気持ちはありますが、今はシビアになっているからそういうわけにはいかないかもしれません。現実的には角換わり、相掛かり、矢倉のどれかになると思いますし、それ以外の戦法が出てきたら、豊島さんが相当に策を練っていることを意味すると思いますが、可能性は低いと思います」

-AIの評価値が途中から上がっていく「藤井曲線」という言葉を聞くようになった。

 「最近はどの棋士も、藤井さん相手に勝つことが難しいだけでなく形勢をリードすることも難しくなっています。『藤井聡太論』(講談社)にも書きましたが、藤井将棋の魅力の一つは、形勢不利な局面で最善手を選び続け、時には勝負手を放って逆転することです。そういう将棋も見たいですね」

■最年少記録への期待

-四冠やそれ以上の記録に注目が集まっている。

 「竜王戦については挑戦者になっているので話題にするのもいいでしょうが、それより先の話は、棋士としては気が早いでしょうね。ただ、タイトル保持者の渡辺さんは藤井さんの挑戦を受けることも想定し、準備をしているでしょう」

-藤井三冠自身は、タイトル数を増やすこと自体への興味が薄いように見える。

 「だからこそ、タイトル戦や初防衛戦でも実力を出し切れるというのはいえるでしょう。タイトルも、意識しすぎるとどうしてもそちらのほうに気持ちが入ったときに手がのびなくなったり、判断を誤ったりしますから」

-谷川九段もプレッシャーを感じることがあった。

 「(1983年に)初めて名人になったときはリーグ戦も1年目だったので残留が目標で、挑戦者になるとは思っていませんでした。実力的にもまだまだという意識がありました。一方、20代後半は、力がついてきているという実感がありながら挑戦者にも届かないという状況が続いていたので、やはり、名人5期のうち羽生さんに挑戦した5期目(1997年)は苦労も葛藤もあり、互いに見落としもありました」

-藤井三冠の本年度の勝率は8割を超えている。

 「勝率ランキングの上位は通常、段位の低い人が予選でかなり稼いで8割5分などの記録を挙げるものなので、通常は藤井さんの立場になると難しいものです。羽生さんも七冠を制覇したときは8割以上ありました。トップ棋士で8割の勝率があるということは八つあるタイトルの五つか六つくらいを取っているということでしょう」

-藤井三冠の将来で注目していることは。

 「現在は、ある意味でストイックな生活を毎日送らないとトップ棋士としての地位を築けないようなところがあります。1年間、シーズンオフなく毎日研究するような日々を人間がどれだけ続けられるのでしょう。藤井さんがどれだけ長く活躍するのかに興味はありますね」

-豊島竜王への期待。

 「藤井さんを止められるかどうかは、豊島さんか渡辺さんにかかっています。豊島さんはこの夏、藤井さんから痛い目に遭いましたが、それはそれとして、竜王戦は強い相手と戦うことでレベルアップするというような気持ちで臨んでほしいですね」

もっと見る
 

天気(9月6日)

  • 33℃
  • 25℃
  • 10%

  • 34℃
  • 22℃
  • 10%

  • 35℃
  • 25℃
  • 10%

  • 36℃
  • 23℃
  • 10%

お知らせ