「ありがとうございます」。裁判所の職員から同時通訳のイヤホンを受け取ると、青年はお礼を言った。礼儀正しい好青年だった。
4月、神戸地裁。元技能実習生のベトナム人の男性(21)が被告として証言席に座っていた。1年半前、暴力を受けて関東にあった職場から失踪。新型コロナウイルス禍で漂流し、やがて逮捕され、不法残留で強制送還が決まった。日本にいたかったのに、なぜ…。
男性は在留期間が2020年7月に切れた後も日本にとどまり、21年2月、兵庫県内の金融機関で他人名義の在留カードを提示したとして、入管難民法違反の疑いで逮捕、起訴された。判決は執行猶予付きの懲役1年6月。勾留は3カ月弱に及んだが、公判はすぐ終わった。ベトナムへの送還は判決の5日後と決まった。
公判で検察側は「もうかる日本を離れたくないという利欲的で利己的な動機」と主張。これに弁護側は「外国人を安価な労働力として利用しながら、過酷な労働環境に放置する日本の現状こそ問題」と反論した。
実際はどうだったのか。送還される2日前に、取材に応じた男性は生い立ちや実習先から失踪した経緯を語った。
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出身は首都ハノイから約20キロ離れた田舎だった。スマートフォンの地図アプリで映像を確認すると、背の低い建物と広大な田畑ばかりが目立つ。「お金持ちじゃない。家も狭い」。両親と姉との4人暮らし。中学生のころから、両親が営む飲食店を手伝っていた。
日本が視野に入ったのは17年、姉の日本留学がきっかけだった。後を追うように来日を決意。ただ、留学生は労働時間に上限があったため、技能実習生になることを選んだ。「実習生、貯金できる。留学生、無理」。友達や金融機関から借金をして送り出し機関に約80万円を払い、日本語を勉強した。元実習生が講師だった。
男性には目標があった。地元でファストフードチェーンのフランチャイズ店を開くことだ。実習生なら、借金を返済しても5年で約300万円はたまる-。10代後半で、そんな青写真を描いた。
しかし、来日して程なくして過酷な現実を突き付けられる。
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技能実習の受け入れ先は関東にある建設関係の企業だった。工事現場で掘削作業を任された。朝5時ごろに起床し、東京の現場で夜7時ごろまで働いた。家賃を払うと手元には毎月10万~12万円が残った。食費を抑えれば、借金返済と貯金ができるはずの金額だった。
来日前、日本人に抱いていたイメージは「仕事は真面目。みんな優しい」。ところが、職場のある先輩は違った。「頭たたかれ、肩を殴られた。水も掛けられた。ホースで。日本人の先輩。殴る時は強い」。暴力は1週間に数回。半年ほど続いたという。
同じ現場にベトナム人はいなかった。周囲に黙って逃げ出した。在留期限はまだ先だったが、借金は返済できていなかった。
職場を逃げ出した実習生や、不法残留状態のベトナム人らが頼りにするSNS(会員制交流サイト)がフェイスブックだ。数千人規模のベトナム人コミュニティーが国内の都市や地域ごとにあり、仕事のあっせんや在留カードの売買に関する情報もやりとりされている。今や“非合法のセーフティーネット”として行政や支援団体よりも重宝されている。
男性も関東で荷物の仕分けや工場での溶接などの仕事を見つけられた。だが、コロナ禍で失職。兵庫県にいる留学生の姉に助けを求めたのは、20年6月。初の緊急事態宣言が解除された後だった。
7月上旬に姉のアパートに転がり込んだ数日後、在留資格がなくなった。「コロナでベトナムに帰る飛行機がなかった」「出頭して逮捕されるのが怖かった」。男性は公判でそう語っている。
男性は、兵庫で再び職を探す。公判によると、男性は20年12月、SNS上で接触したベトナム人を名乗る人物から、野菜の仕分け作業員の仕事を紹介された。不法残留のため別人の名前を名乗るよう指示され、他人名義の在留カードとキャッシュカードを郵送で受け取った。だが口座は既に凍結されていた。約1カ月後、金融機関で給料を引き出そうとして警察に通報された。
弁護士は「姉に金銭的負担をかけたくなかったようだ。他に犯罪はせず、勤務先では真面目に働いていた」と指摘する。判決後は事務所にあいさつに来たといい、「国選弁護人にそこまでするのは日本人でも珍しい」と話す。
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男性には来日前の借金が7万円ほど残っている。ベトナムに送還される航空機代の約10万円は、実習生の友達から借りた。帰国後は親の店を手伝うが、夢は変わらず自身の店を持つことという。
「あと2年は日本におりたい。給料高い。でも無理」。そう言って男性は目を細めて天を仰いだ。
「ああー、僕、日本で何もしてないよ。お金もないね」
取材翌日の夜、男性は出国のため、車で関東に向かった。車内には同じように送還されるベトナム人たちが座っていた。皆が良い暮らしを夢見ていた。多分、今も-。
日本の外国人労働者約170万人のうちベトナム国籍の人は最多の約44万人。入管難民法違反容疑の摘発は増え続けている。男性も、統計の「検挙人数」に加えられるだろう。
(那谷享平)
【記事特集(深デジ)】「今日逮捕されました」

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