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52年の歴史に幕を下ろす「生そば しなの」の釜須一昭さん(右)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
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52年の歴史に幕を下ろす「生そば しなの」の釜須一昭さん(右)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
52年の歴史に幕を下ろす「生そば しなの」の釜須一昭さん(右)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
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52年の歴史に幕を下ろす「生そば しなの」の釜須一昭さん(右)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
ヴィッセル神戸の新聞記事の切り抜きなどを懐かしそうに眺める釜須一昭さん(奥)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
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ヴィッセル神戸の新聞記事の切り抜きなどを懐かしそうに眺める釜須一昭さん(奥)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
52年の歴史に幕を下ろす「生そば しなの」の釜須一昭さん(左)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
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52年の歴史に幕を下ろす「生そば しなの」の釜須一昭さん(左)と妻保美さん=神戸市兵庫区小松通3
神戸新聞NEXT
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 サッカーJリーグ・ヴィッセル神戸のサポーターらが集う神戸市兵庫区・笠松商店街のそば店「生そば しなの」が30日でのれんを下ろす。52年続いたが、店主の釜須一昭さん(74)と妻保美さん(72)が相次いで病気になり、「体が動くうちに」と年越しそばの準備が始まる12月を前に決めた。店がヴィッセルの本拠地ノエビアスタジアム神戸の近くにある縁で、チームの地元後援会初代会長も務めた釜須さん。「聖地」「憩いの場」と愛したサポーターらは惜しむ。(山本哲志)

 製麺所を前身に、父親がそば店を開業したのは1969年。釜須さんは20代の頃から、朝5時起きでだしを炊き、そばを打った。

 当時、商店街は三菱重工業の造船所で働く人らで栄え、「何を売っても売れた。空き家や空き地は一つもなかった」と釜須さん。しかし、80年代からの造船不況で界隈(かいわい)は衰退した。さらに、95年の阪神・淡路大震災が追い打ちをかけ、「しなの」は被害を免れたものの、商店街は一部地区が焼失。消防団員だった釜須さんは、水の出ないホースを手に立ち尽くした。

 そんな地域にヴィッセルが本拠地を置いたのは2003年。釜須さんは「街の活性化につながれば」と商店主らと後援会を設立し、16年まで会長を務めた。

 当初はサッカーに興味がなかったという。弁当付きのチケットをもらい、弁当だけ食べて帰ったこともあった。清掃活動や忘年会、餅つきなどで選手らと触れ合ううちに「おらが街のチーム」として愛着が深まった。店内の一角にはサインやグッズ、写真が並ぶ。

   ◇

 閉店のきっかけは、昨春に釜須さんが肺気腫を患ったこと。新型コロナウイルス禍で客足は減り、今年2月には保美さんが「緩徐進行1型糖尿病」と診断された。常連客やサポーターを思うと心苦しかったが、「もう十分頑張ったやん」(保美さん)と約半世紀の歴史を閉じることにした。

 先月末に告知すると、会員制交流サイト(SNS)などで広がり、試合日には別れを惜しむサポーターの行列ができた。かつてヴィッセルでプレーしたGK徳重健太選手(現V・ファーレン長崎)やMF田中英雄選手(現FCティアモ枚方)の姿も。徳重選手は飛行機で駆け付けたという。

 店をたたんだ後の生活は、「どないなるかな。想像もつかない」と釜須さん。ここ15年、毎試合の新聞記事の切り抜きを続ける保美さんは、「推し」選手の活躍を楽しみにする。同じ1型糖尿病と闘うスペイン人MFサンペール選手だ。

 イニエスタら大物が次々と加入した近年、チームと地域との接点は薄れつつあり、コロナ禍で後援会の活動は休止中。それでも2人は言う。「ヴィッセルがこの街にある限り、一ファンとして応援し続けたい」

 30日まで休まず営業。午前11時~午後2時、午後5~8時。

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