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「新型コロナに対応してきた医師や看護師にはもっと支援が必要」と主張する真山仁さん(撮影・長嶺麻子)
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「新型コロナに対応してきた医師や看護師にはもっと支援が必要」と主張する真山仁さん(撮影・長嶺麻子)

 2歳の男児が母親の海外出張中に発熱し、父親によって病院へ運ばれた。母子手帳を持参しなかったため予防接種歴は分からない。救急車を呼ばずマイカーを利用したことで、救急救命士による冷静な病状説明が行われない。混乱した状況下で診察が行われ、男児は迅速、適切な治療を受けられず亡くなってしまう-。

 医療過誤をめぐる民事訴訟をテーマにした神戸新聞の夕刊小説を単行本化した。主人公は、わが子を失った遺族ではなく、訴えられた医師側に立つ弁護士だ。「苛烈(かれつ)な状況下で、人命を救う最後のとりでとして格闘している最前線の医師というのは、なんと報われないものなのか」との日頃の思いが執筆に駆り立てた。

 検察官を主人公とした小説「売国」などで刑事訴訟の世界は描いてきた。「次は民事訴訟を」と取材を始めたが、法廷で行われるのは、刑事訴訟と異なり書面のやり取りが主だ。当事者や証人への尋問が行われる機会は極めて限られている。「人間くさい法廷ドラマがほとんど表現できない」と気がつき「正直、途方に暮れた」と打ち明ける。

 「訴えた患者と訴えられた医師の内面に踏み込もう」と方針転換してなんとか新聞連載を終えたが、単行本化の段階で新たなハードルが。多方面から「ストーリーが強引だ」「人の感情はそんなふうには動かない」といった指摘が相次いだのだ。

 「30冊以上書いてきて、こんなことは初めて」と、再び「途方に暮れました」。新聞小説ではほとんど出番がなかった人物を証人尋問に立たせるなど、後半3分の1を真っさらにして「ようやく体(てい)をなした形になった」と苦労続きの過程を振り返る。

 悲しむ母、自らを責める父、無念な気持ちを抱えた医師、糾弾される病院関係者らが登場する。意識したのは「善悪を単純化するのはやめよう」という小説家としてのスタートライン。完成したのは、一人一人の価値観が否定されないような構成を心掛けた作品だ。

 「登場人物の誰かに感情移入しつつ距離を置きながら、正しさってそれほど単純ではないのかなと感じてもらえれば」

 (「レインメーカー」は幻冬舎刊・1760円)

(井原尚基・文化部)

【まやま・じん】1962年、大阪府出身。読売新聞記者やフリーライターを経て2004年、小説「ハゲタカ」でデビュー。著書に、東日本大震災後に神戸から東北の小学校へ赴任した教師と児童を描いた「そして、星の輝く夜がくる」など。神戸市垂水区在住。

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