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龍野橋から揖保川越しに見た夕焼け=12月17日、たつの市龍野町富永
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龍野橋から揖保川越しに見た夕焼け=12月17日、たつの市龍野町富永
赤トンボの代表種・アキアカネ=2019年撮影
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赤トンボの代表種・アキアカネ=2019年撮影
修道院講師時代の露風(前列左)と教え子ら(霞城館提供)
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修道院講師時代の露風(前列左)と教え子ら(霞城館提供)
大谷隆子さん(左)と声楽家の林裕美子さん。霞城館でのコンサートでも背景に大谷さんの聖人の絵が使われた=11月13日、たつの市龍野町上霞城
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大谷隆子さん(左)と声楽家の林裕美子さん。霞城館でのコンサートでも背景に大谷さんの聖人の絵が使われた=11月13日、たつの市龍野町上霞城
霞城館の図録「露風の童謡」の「赤蜻蛉」の挿絵。大谷隆子さんが教会の塔を描いた
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霞城館の図録「露風の童謡」の「赤蜻蛉」の挿絵。大谷隆子さんが教会の塔を描いた

 兵庫・龍野城下生まれの詩人・三木露風(1889~1964年)が「赤とんぼ」の詩を1921(大正10)年に発表して100周年。当時、童謡集「真珠島」に掲載された詩に基づき、今年最後のご当地新聞で、誰もが知る歌い出しにまつわる謎や詩の背景に迫ります。(直江 純)

 「負われて見た、ってどういう意味?」

 こう尋ねる子どもは多いという。「背負われて」。つまり、おんぶされてトンボを見たという意味だ。

 おぶったのは誰か、という論争がかつてあった。「幼くして別れた母だ」という説もあったが、露風自身による解説文が見つかり、子守役の「姐(ねえ)や」だと判明して決着している。

 だが、歌い出しには別の謎もある。「小焼」。どういう意味だろうか。

 計13巻もある詳細な小学館の辞書「日本国語大辞典」(通称・日国)には「語調を整えるために添えたもの。ゆうやけ(夕焼)に同じ」とある。何と!。「小焼」には意味がないということなのか?

 日国には、可能な限り古い用例が掲載されることで知られ、「小焼け」をうたう2つの童謡も登場する。北原白秋の「お祭」(1918年)と、中村雨紅の「夕焼小焼」(作詩は翌19年)だ。「赤とんぼ」の発表は、その2年後の21年。大正年間に「夕焼け小焼けブーム」があったのだろうか。

 雨紅の童謡は「♪夕焼小焼で日が暮れて山のお寺の鐘が鳴る」で有名だ。雨紅ゆかりの八王子市中央図書館の担当者に質問すると「雨紅本人が『小焼』の意味を書いた文章は見つからなかった」との返答だった。

 「小焼けは白秋の造語だった可能性もある」と推測した辞書編集者もいた。「仲よしこよし」「りすりす小栗鼠(りす)」など、似た表現を白秋が用いているという。だが、露風に詳しい姫路大学の和田典子教授は違う見方を示す。「白秋は古い童歌を大事にしていた。そこから採集したのでは」

 取材を進めると、1901(明治34)年に出版された「日本全国児童遊戯法」にたどりついた。

 その復刊本、東洋文庫「日本児童遊戯集」(1968年)の「雑戯唱句」の章には「日没前、空中の夕燒(ゆうやけ)を仰ぎ視れば即(すなわ)ち希望を述べて曰(いわ)く 夕やけこやけ、あした天気になァれ」とある。白秋の造語説はこれで消えたが、本当に「小焼け」はリズムを整えるだけの言葉なのだろうか。

 ユニークな記述で知られる「新明解国語辞典」(三省堂)は「小焼け」を「夕焼けがだんだん薄れること」とする。和田教授は「語調説」を支持しつつ「刻一刻と変わる夕焼けの美しさを思うと、その解釈もいいですね」と締めくくった。

夕焼、【1】小焼の

あかとんぼ

【2】負われて見たのは

いつの日か

夕やけ小やけの

赤とんぼ

とまっているよ

【3】竿の先

【1】北原白秋の造語?

   薄れていく様子?

   リズムを整えている?

【2】おんぶされて見た

【3】十字架説?(記者の思いつきです)

■露風、作詩当時に修道院で講師 作品に「カトリック」色

 露風が「赤とんぼ」の詩を書いた当時、北海道のトラピスト修道院で講師をしていた。翌年、カトリックの洗礼を受け、作品でも宗教色を強めていく。「露風をカトリック文学の先駆者として再評価すべき」。ノートルダム清心女子大(岡山市)キリスト教文化研究所の山根道公教授(61)は、こう指摘する。

 明治以降、プロテスタントの影響を受けた日本の思想家や文学者は内村鑑三や賀川豊彦らが有名だが、カトリックでは戦後の遠藤周作までは目立つ人物が少ない。そこに露風を位置づけるべきだというのだ。

 山根教授は「露風と宮沢賢治の間に献本などの交流があったと最近報道された。賢治もキリスト教の影響が強く、トラピスト時代の露風に賢治が献本したのは、深い精神性に共鳴したからではないか」と解説する。

 取材しながら、ふと記者が「歌詞の最後のさおの先のトンボは十字架みたい。露風がキリストの磔刑(たっけい)に見立てたのかも」と思い付きを口にすると、山根教授は「それ、まんざらでもないかもしれませんよ」と急に真顔になった。

 露風が初めて修道院を訪問した経験から書いた詩集「良心」(1915年)には、夕焼けの赤さをキリストの血にたとえた詩があるという。赤は愛の象徴でもある。「十字架を掲げる教会の尖塔(せんとう)とトンボを重ね合わせても不思議ではない」

 霞城館(たつの市)の図録「露風の童謡」(2003年)でも「赤蜻蛉(あかとんぼ)」の挿絵は、教会の塔とトンボだ。挿絵を見た山根教授は「普通なら空を飛ぶ姿を思い描くが、『さおの先』に止まっている。露風が信仰にたどりついたことを投影しているのかも」と続けた。

 挿絵を手掛けたのは、たつの市の画家・大谷隆子さん(90)。姫路独協大教授だった夫の故・恒彦さんとともに長くカトリックを信仰し、露風をテーマにした絵を多く描いてきた。

 大谷さんに「十字架説」への意見を聞くと「思い付かなかった」と笑いつつ「人生に悩んだ露風さんが、トラピストで愛に触れて生まれた詩。郷愁以外にも思いが含まれているのは確かでしょうね」と語った。

西播
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