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映画監督・黒沢清さん(撮影・小林良多)
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映画監督・黒沢清さん(撮影・小林良多)
映画監督・濱口竜介さん(撮影・小林良多)
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映画監督・濱口竜介さん(撮影・小林良多)
映画「スパイの妻」の一場面((C)2020NHK,NEP,Incline,C&I)
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映画「スパイの妻」の一場面((C)2020NHK,NEP,Incline,C&I)

 神戸にゆかりのある映画監督2人がこの2年、国際舞台で大活躍した。神戸を舞台にした「スパイの妻-劇場版-」でベネチア国際映画祭銀獅子賞の黒沢清監督(66)は神戸出身でもある。神戸で撮った「ハッピーアワー」が海外飛躍の第一歩だった濱口竜介監督(43)は「ドライブ・マイ・カー」でカンヌ国際映画祭脚本賞、「偶然と想像」でベルリン国際映画祭銀熊賞を受けた。東京芸大大学院では教授と学生だった2人に映画と神戸を語ってもらった。(聞き手・片岡達美)

●国際舞台で

 -コロナ禍で厳しい状況が続いた2年でもあったわけですが。

 黒沢 「スパイの妻」の撮影はコロナ前だったが、昨年、ベネチアの授賞式の時は感染が広がっていたので現地には行けなかった。なので、この2年は久しぶりに時間の余裕があり、今後、どうしていくかあらためて人生の計画を立てていたところ。幸か不幸か映画監督には定年がない。ただ老後の蓄えもないけど。

 濱口 「ドライブ-」と「偶然と-」の2作は昨年、緊急事態宣言と緊急事態宣言の合間を縫うようにして撮影した。完成できるのかどうか、ストレスを感じながらも活動的に過ごした2年だった。

 -海外の映画祭の位置づけは。

 黒沢 二十数年前、僕が映画祭に呼ばれ始めたころは、すでに北野武監督や塚本晋也監督が道を切り開いてくれていたので、日本映画全体がちょっとしたブームという感じだった。「Jホラー」という新しい分野も生まれた。「自分のやってきたことは間違っていなかった」と、自覚できたのも大変うれしいことだった。

 濱口 国際的な賞をいただいた最初が、神戸で2015年に撮影した「ハッピーアワー」。5時間17分という長さだけれど、自分にとって最初の劇場公開作品になった。演技経験のない女性ばかり4人が主役。彼女らがその年のロカルノ国際映画祭(スイスで開催)で最優秀女優賞を受けるなどした。その後、ちょぼちょぼ、いろいろな映画祭に呼んでもらえるようになった。

 -濱口作品の海外での認められ方は?

 黒沢 20年前は日本映画は「日本人監督」「日本特集」といったくくりに入れられることが多かったが、今、濱口は純粋に作家として招かれている。それも「賞を取るかも」「取るなら何賞?」と、最初から期待される。すごいこと。その分、プレッシャーは大きいだろう。

 濱口 インディーズ作品の「ハッピーアワー」は、海外で評価されると思ってもみなかったので、受賞が心の支えになった。初の商業映画で、テレビ局や映画配給会社など数社が製作委員会に入った「寝ても覚めても」(18年)は、純粋に日本の観客に向けて作ったのだけれど、カンヌに呼ばれ、驚いた。そして再び自主制作のような小編成のスタッフで作った「偶然と-」がベルリンで、これまでの集大成として臨んだ「ドライブ-」がカンヌで受賞し、驚くとともに本当にありがたい気持ち。

●作家性の評価

 黒沢 「ドライブ-」がヨーロッパで高評価だったのは想像できるが、アメリカでも支持され、さまざまな批評家賞を受賞し、米アカデミー賞まで視野に入っていて驚くばかり。でも振り返れば、その兆候はこのところのアカデミー賞にすでに表れていた。今年の「ノマドランド」、昨年の「パラサイト 半地下の家族」、一昨年の「ローマ/ROMA」など、作家性を前面に出した作品が注目されるようになっている。正直に言えば今頃になって? という思いもあるが。

 濱口 韓国の「パラサイト」が穴をこじ開けてくれたと思う。アジア映画でも面白いものは面白いんだと。

 黒沢 「パラサイト」は最初、思い切って娯楽性を意識したのだろうと想像していたが、実際に見てみると、「これ、いつものポン・ジュノ(監督)じゃん」。つまり作家性丸出しで驚いた。「ドライブ-」はさらに純然たる作家映画。濱口が敬愛するアメリカの代表的作家監督ジョン・カサベテスは、日本やヨーロッパでは評価が高かったが、本国では全くだった。ようやくその価値が濱口のおかげでアメリカ人にも理解される日が来るかもしれない。カサベテス作品の常連俳優で、妻でもあるジーナ・ローランズは存命だから、夫と同じ作り方の濱口が評価されるのを見たら、どんなに喜ぶか。

 -濱口監督は「ドライブ-」の受賞インタビューで原作の村上春樹さんの人気が大きいと謙遜されていた。

 濱口 謙遜ではない。どの国に行っても村上さんとの関係や彼の映画への感想を問われるから。村上作品が持つある種の癒やしの要素に今のアメリカがはまったのかも。

 黒沢 人気の原作がある場合、たいていその原作のファンを裏切らないよう配慮した作りになるだろうけど、そうではない、純粋な濱口作品にするのだという狙いは最初からあったの?

 濱口 それは確かにあった。この企画だったら、これまで自分がやってきたことを生かせると。プロデューサーの山本晃久さんが大の春樹ファンで、彼のジャッジが基準となった。彼が言う範囲で自分の色も出していこうとしていた。

●CGの使い方

 -黒沢作品にあって濱口作品にないもの。一番分かりやすいのがコンピューター・グラフィックス(CG)です。

 黒沢 まず予算の制約。「スパイの妻」は超高解像度の8Kカメラで撮ったので、8K解像度のCGを作るとすると予算が大変。だから基本的には使わなかった。デジタル技術で画面から消したものはあるが。1940年代という設定だったので、CGを使わないで済むロケ場所が見つかるかどうかが鍵だった。旧グッゲンハイム邸(神戸市垂水区)と出合ったのは奇跡的。古く美しい洋館で、なおかつ日常的な気配が残っている。こんな建物は日本中探しても他にないと思う。

 濱口 黒沢さんがCGを使うか否か、決めどころはどこに?

 黒沢 今、それが目の前で本当に起こっているように撮りたい。でも現実にそれができない。じゃあCGを使うか、ということになる。ただ、この「本当に起こったら」を想像するのが結構大変。誰も見たことがないことを俳優、スタッフみんなでひねり出していく。

 濱口 黒沢さんの「叫」という作品に医師が落ちていく場面があって、学生時代、ぼくら6人いたゼミ生が「あれはどう撮ったんですか」と聞くと、「こうしてこうしてCGで撮ったんだ」と。

 -濱口さんはどんな学生でしたか。

 黒沢 文才のある人だと思った。脚本を書いたら相当のものになるだろうとも。ある映画を見せてみんなに感想を書いてもらったら、濱口はきちんと分析し、立派な映画評にしていた。強固な自分の文体を持っていて、それが見事に現在でも脚本作りに生かされているのだろう。

 濱口 フランスのホラー映画「顔のない眼」だった。今、脚本を書くとき、黒沢さんの教えで常に意識しているのはまず「せりふが3行を超えたら、生身の人間としてはおかしい」。これに関しては禁を破ることも大いにあるが。二つ目が「登場人物の行動に社会はどう反応するか考えろ」。整合性がなければいけない。

 黒沢 濱口の場合は何度も台本を読ませて俳優の体にたたき込ませる演出だと聞いているけど、それは撮影現場で俳優に脚本の変更を許さないという狙い?

 濱口 脚本が出演者に与える影響は大きいと改めて思ったのが「ハッピーアワー」だった。演技経験のない人が演じるので、その人たちに「演じたいな」と心から思ってもらえるような、演じることによって力づけられる脚本にしないと。だから本読みの段階では、出演者の、そんな言い方はしません、といったような意見も取り入れた。

 ■ハッピーアワー ワークショップに参加した演技経験のない女性4人を主演に起用、神戸を舞台に、それぞれの日常を描いた。

 ■ドライブ・マイ・カー 妻を亡くした演出家が、彼の運転手となった女性との出会いをきっかけに過去と向き合う。原作は村上春樹の短編集「女のいない男たち」に収められた同名小説。別の収録作の要素も加えた。

 ■スパイの妻 1940年代の神戸が舞台。太平洋戦争開戦前に偶然、日本軍の犯罪行為を知り、正義感から国際社会に訴えようとする実業家とその妻の物語。

※「ドライブ・マイ・カー」は1月7日からシネ・リーブル神戸で再上映。「スパイの妻-劇場版-」はアミューズソフトよりソフトを販売。配信も。

【くろさわ・きよし】 1955年神戸市出身。六甲中学・高校(現六甲学院中学・高校)から立教大へ。在学中に8ミリ映画を撮り、「神田川淫乱戦争」でデビュー。「回路」(2000)でカンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞。「トウキョウソナタ」(08)で同映画祭「ある視点」部門審査員賞。「岸辺の旅」(15)で同部門監督賞。フランスで「ダゲレオタイプの女」(16)、ウズベキスタンで「旅のおわり世界のはじまり」(19)を撮影。 

【はまぐち・りゅうすけ】 1978年神奈川県出身。東京芸術大学大学院の修了制作「PASSION(パッション)」(08)をサン・セバスチャン国際映画祭、東京フィルメックスに出品。「ドライブ・マイ・カー」でカンヌ国際映画祭脚本賞、ニューヨーク映画批評家協会賞、来年発表の米アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表。ベルリン国際映画祭銀熊賞を受けた「偶然と想像」が公開中。

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