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展示室のハンドルを回すと、離れた場所でも表現が生まれる=兵庫県立美術館
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展示室のハンドルを回すと、離れた場所でも表現が生まれる=兵庫県立美術館
観客が美術館の外へ運び出す作品「デコレータークラブ-ベリーヘビーバッグ」(2022年)を並べた飯川雄大さん=兵庫県立美術館
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観客が美術館の外へ運び出す作品「デコレータークラブ-ベリーヘビーバッグ」(2022年)を並べた飯川雄大さん=兵庫県立美術館
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「デコレータークラブ-ピンクの猫の小林さん-」横浜市金沢区並木団地での展示風景(2020年、阪中隆文さん撮影、飯川雄大さん提供)。スケールが大きく、不可視の領域を持つ代表作だ(本展では展示なし)
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「デコレータークラブ-ピンクの猫の小林さん-」横浜市金沢区並木団地での展示風景(2020年、阪中隆文さん撮影、飯川雄大さん提供)。スケールが大きく、不可視の領域を持つ代表作だ(本展では展示なし)

 見る人を作品に巻き込んで「偶然を作りたい」という。神戸市中央区の美術家、飯川雄大(いいかわたけひろ)さん(41)による個展「デコレータークラブ メイクスペース ユーズスペース」が、兵庫県立美術館(同区)で開かれている。展示の中身を尋ねても、本人は「内緒」といたずらっぽく笑う。なかなか気付きにくい仕掛けで、想像力が試される。ゆっくりと深く。感じる時間が貴い。(小林伸哉)

 「カリカリカリカリ…」。展示室で来館者がウインチのハンドルを回す音が響く。カラフルなワイヤロープが、巨大なあやとりのように伸び、どーんと「新しい観客」の文字が浮かぶ。回すとロープが動いて色が変わる。かなりスローだ。「劇的なのはすぐに飽きますしね」と作者は語る。

 目玉作品だろうと眺めていると、飯川さんは「ここはダミー」と軽やかに宣言した。「観客はいつの間にか作品の送り手になっている。別の場所で表現が始まり、見る人がいるかもしれない」。だが、室内を見回しても確かめようがない。どこかで新たな表現を見ている人は「0人もしくは1人以上」。まさに「偶然」の出合いを作っている。

 飯川さんは神戸市西区出身。成安造形大学で映像や写真を学び、会社員時代はミュージックビデオやCMの制作、ゲームのデザインも手がけた。サッカー好きで、コーチの助言を展覧会名の一部にした。もとの専門分野にとらわれず「自分で発表の場所やタイミングを作って、観客に仕掛けたい」。

 見えていない別の空間があって時は流れる。個々人の感じ方も異なる。これらの認識の不確かさをテーマに、いたずらっぽい作風で知られ、全国各地の展覧会で評価されてきた。地元神戸での個展は初めてで、今回は兵庫県美による「注目作家紹介プログラム チャンネル」として実現した。

     ◇

 「なんでこんなもん、持っていかなあかんねん、となるかもしれんけど…」。飯川さんは美術館の決まり事を逸脱するような企画を立てた。なんと、観客に展示作品「ベリーヘビーバッグ」を館外に持ち出して運んでもらうのだ。

 誰かの忘れ物のようなバッグ。持ち上げると、一瞬よろけるほど重い。「中身は内緒。絶対に開けてはいけません」とくぎを刺す。

 大阪市北区の国立国際美術館で開催中の展覧会「感覚の領域 今、『経験する』ということ」にも作品を展示しており、県美との間を行き来する18歳以上の観客にバッグを託す。

 「お客さんが運んで街を歩くことが作品になる。作品に移動する『時間』を取り込みたい」という。街や電車で関係ないバッグを見ても「もしかして作品?」と空想する連鎖反応が起きるかもしれない。

     ◇

 飯川さんの創作世界の持ち味は-。関西大学文学部の石津智大准教授(42)=神経美学=が6日、県美で本人と対談しつつ語った。

 認知神経科学や実験心理学の手法で、美を感じる脳の働きなどを探る石津さんは「感動しても写真を撮ると忘れやすい」と指摘。SNSへの写真投稿などで「感動が終わるまでのサイクルが速い時代。ゆっくりじっくり感じることが希薄になっている」とした。

 そんな中、飯川さんの活動を「感じたものに目を向け直す」と評価。見上げる大きさの作品は「崇高さ」を帯びて「自らの小ささを感じさせ、人と人を結びつける力がある」と述べた。

 全ての情報をすぐ示し、余白が失われたような風潮に「不可視の情報を読み取る力が弱るのではないか」と危惧する。「飯川さんの作品は先を想像しちゃう。見て分かる情報はすごく少なくて、見えない情報に気付かせる。不可視って豊かさがある」と話した。

 27日まで。月曜と22日は休館(21日は開館)。作家本人が案内する鑑賞ツアーなどのイベントは兵庫県立美術館のホームページで紹介。展示観覧や催し参加は無料。同館TEL078・262・1011

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