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西播地域初の女子少年野球チーム「赤穂ネクサス」のメンバーら=赤穂市加里屋
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西播地域初の女子少年野球チーム「赤穂ネクサス」のメンバーら=赤穂市加里屋
西播初の女子チームで監督を務める高田理緒さん=赤穂市加里屋
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西播初の女子チームで監督を務める高田理緒さん=赤穂市加里屋
神戸弘陵高校の女子硬式野球部で活躍した高田さん(本人提供)
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神戸弘陵高校の女子硬式野球部で活躍した高田さん(本人提供)
赤穂軟式野球協会の選手成績を集めたスクラップブックを手にする永安弘理事長(右)ら=赤穂市加里屋
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赤穂軟式野球協会の選手成績を集めたスクラップブックを手にする永安弘理事長(右)ら=赤穂市加里屋

 兵庫県軟式野球連盟(神戸市中央区)に加盟する少年野球チームに、8番目となる女子チーム「赤穂ネクサス」が加わった。同連盟によると、西播地区では初めての女子チーム。「女の子でも野球を続けられる環境を」と、保護者らが今春発足させた。メンバーは現在、赤穂市内の小学生だけだが、対象を西播全域に拡大し、いずれは中学生にも門戸を広げる。23日には初めての公式戦に挑む。(小西隆久)

■「勝利より、プレーできる喜びを」23日に初公式戦

 同市内のスポーツ少年団に所属する女子選手が交流する目的で3年ほど前にできた任意のチーム「赤穂シスターズ」が前身。「正式なチームにしたい」と、山下秀和・球団代表(52)=赤穂市=らが女子選手の保護者や知り合いの指導者らに呼びかけ、選手とスタッフ計22人が集まった。全員の所属チームに掛け持ちを認めてもらい、県軟式野球連盟にも加盟した。

 女子チームの設立を急ぐ背景には、少子化や子どもの生活の多様化による野球人口の急激な減少がある。同市内でも少年野球チームがピーク時の18から減り続け、慢性的な人数不足に悩む中学校の野球部も多い。山下代表によると、こうした状況は西播地域全体に共通するという。

 一方で近年、全国では女子野球が拡大しており、「身近な地域でも、女子が野球を続けられる受け皿が必要」と山下代表。選手を市内に限定せず、いずれは中学生も加えたい理由がここにある。

 手づくりチームでスタッフや資金がまだまだ十分とは言えないが、地元の赤穂軟式野球協会の協力で、ナイター設備などが充実している「赤穂トラストホープ球場」(同市加里屋)が練習拠点として使えることに。監督には、神戸弘陵高校女子硬式野球部の1期生だった高田理緒さん(23)=同市=が着任した。

 初の公式戦は、2013年に始まった「NPBガールズトーナメント 全日本女子学童軟式野球大会」の県予選。2日間の日程で県内7チームが競う。高田監督は「勝利よりも、女子チームとして野球ができる喜びを味わってほしい」と話す。

    ◇     ◇

■看護師と監督両立、神戸弘陵高・女子硬式野球部1期生の高田さん

 小学3年の時、2歳違いの弟が始めた少年野球の練習についていく中で「私も一緒にやってみよう」と気軽に始めた。同い年のいとこが常にライバルだった。

 チーム内の女子は自分を含め2人。人一倍練習に励み「男の子には負けたくない」と思う半面、性別による力の差などには「仕方ない」とあきらめてしまう自分もいた。

 中学校では「女子であることを理由に」野球部の入部を断られ、ソフトボール部に。部員数の減少など情勢が変わり、2年から野球部に入ることができた。背番号は1、主に投手としてチームを支えた。

 3年の夏に引退したが「野球を続けたい」との思いは募る。ソフトボール部の特待生で誘われた岡山県の高校を断り、共学に移行した神戸弘陵高校(神戸市北区)で、創部されたばかりの女子硬式野球部に入った。

 「中学までは相手が『男子だから』と思えたけど、同じ女子の中ではそうはいかない」。平日4時間、週末は10時間を超える練習や全国から集まった強豪チーム出身選手の実力に圧倒された。それでも赤穂から2時間半かけて通い続けた。

 卒業後は専門学校を経て看護師に。少年野球でコーチをする中で、女子チームの監督を打診された。「自分も周囲に助けられたからこそ野球を続けられた。今度は自分が子どもたちに返す番」と引き受けた。

 「自分たちから子どもにつなげる」との意味も込め、チーム名は「ネクサス」とした。ユニホームに袖を通し、長い髪を束ねると、夜勤明けの看護師から監督の顔に変わる。

     ◇     ◇

■個人成績まで記録、優秀者を表彰 発足支援の赤穂軟式野球協会

 西播初の女子少年野球チーム「赤穂ネクサス」の発足をバックアップした赤穂軟式野球協会は、戦後間もなく発足した。戦前に中等学校で野球をしていた人たちが戦後復員し、市内の企業チームを作って始めたのがきっかけという。

 当初12チームでスタートした同協会は昭和60年代にピークを迎え、市内に約50チームを数えるまでになった。そんな同協会が誇るのは、少なくとも1963(昭和38)年頃から残る選手の個人成績だ。

 「私たちの先輩が地道に残してくれた財産」。そう言って笑顔を見せるのは、永安弘理事長(74)。成績に基づき、同協会は年間最優秀の投手や打者の表彰を今でも続けている。「野球をやっててよかったと思ってもらいたい」(永安理事長)との思いからだ。

 1974年から始まった少年野球もピーク時(同56、57年)の18チームから減り続け、現在は8チーム。発足したばかりの赤穂ネクサスを「野球が好きな子どものために」と陰に陽に支えていくつもりだ。

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