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「朱色の化身」
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「朱色の化身」
「『朱色の化身』はリアリティーに極限までこだわった。それを徹底すると小説がおもしろくなる」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)
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「『朱色の化身』はリアリティーに極限までこだわった。それを徹底すると小説がおもしろくなる」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)
「新聞記者だった10年は宝物。その基礎があるから仕事を続けている」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)
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「新聞記者だった10年は宝物。その基礎があるから仕事を続けている」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)
「『朱色の化身』の取材でお会いしたのは魅力的な人ばかり。その人たちに助けられた」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)
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「『朱色の化身』の取材でお会いしたのは魅力的な人ばかり。その人たちに助けられた」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)
「書いていると自然に故郷が出てくるというか。『朱色の化身』にも尼崎が出てきます」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)
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「書いていると自然に故郷が出てくるというか。『朱色の化身』にも尼崎が出てきます」と語る塩田武士さん=京都市下京区(撮影・秋山亮太)

 兵庫県尼崎市出身の作家塩田武士さん(43)が、新作長編「朱色の化身」を刊行した。デビュー10周年の記念作と位置づけ、徹底した現場取材でリアリティーに極限までこだわった社会派ミステリー。昭和の福井、平成の京都、令和の東京を舞台に、ある女性の人生を通し、現代社会の闇を描く。(網 麻子)

 塩田さんは元神戸新聞記者で、将棋界を描いた「盤上のアルファ」で2011年に作家デビュー。12年に退社し、グリコ森永事件を題材に、虚実を複雑に入り組ませた「罪の声」(16年)で山田風太郎賞を受けた。

 ライター大路亨は、がんを患う元新聞記者の父から、福井出身の辻珠緒という女性を捜してほしいと頼まれる。銀行員を経てゲーム開発者となった珠緒は、突然姿を消していた。亨は、元夫や大学の学友らに聞き込み、行方を追う中で、彼女の人生に、1956(昭和31)年に起きた芦原大火が大きな影響を及ぼしていると気付く-。

 冬の福井・三国港を訪れ「夕暮れに郷愁を覚え、この空間に何かほうりこみたいと感じた」のがきっかけで、近くのあわら温泉を舞台にした。取材の過程でフェーン現象による強風で温泉街の約300棟が焼けた芦原大火を知り、「その記憶が風化していく怖さを感じ、あわらを舞台にするなら火事のことを書かなければと思った」

 大火は、珠緒と亨をつなぐ重要な鍵となる。当時の住宅地図や新聞を集め、現場を何回も訪れ、地元の高齢者にインタビューした。序章「湯の街炎上」で記した「大きな鉄塔が冗談のようにぐにゃりと折れ曲がっている」など、「ほぼ実在の情報を基にした」。

 さらにリアリティーを追求するため、「キーワード型」と名付けた創作法に挑戦した。これまで実在の事件や業界を直線的に掘り下げる取材を基に書いてきたが、今回は「ジェンダー、依存症、テクノロジー」をキーワードに、関係者に取材。男女雇用機会均等法施行の年に都市銀行に入行した女性をはじめ、取材した人たちのエピソードを、珠緒の設定に反映させた。「個人の想像力を超えたものを作りたかった」と振り返る。

 大火、キーワード型に加え、本作のもう一つの柱が「報道」という。「これら三つが絡み合って出てきたのは、『個』というテーマ」と塩田さん。亨は、珠緒のことを調べ続けた結果、ジェンダーや依存症の問題に向き合うことになる。「『個』を通して見えてくる社会があるのでないか。そんな思いを投影した。珠緒という女性を通し、1人の人生の重みを感じとってもらえれば」と話す。

 亨の一人称で書いた最初の原稿を、担当編集者から「根本的に書き直してください」と全面的にダメ出しされ、「今回が一番きつかった」と塩田さん。追い詰められたが、「事実は一つだが、真実は関わった人の数だけある。第一部を証言で積み重ねる『事実』、第二部を亨の取材で展開する『真実』として書き直そう」と思い直し、乗り越えることができたという。

 取材で集めた実在の情報を、登場人物の設定やせりふに反映させ、珠緒という「虚」を浮かび上がらせたリアリズム小説だ。「小説という虚と、取材の過程で目の当たりにする実。その間を描きたい。虚実の間には魔力があると思っています」

(「朱色の化身」は講談社・1925円)

 【しおた・たけし】1979年尼崎市生まれ。関西学院大卒業後、神戸新聞社に勤務。2010年「盤上のアルファ」で第5回小説現代長編新人賞。16年「罪の声」で第7回山田風太郎賞、19年「歪んだ波紋」で第40回吉川英治文学新人賞など。京都市在住。

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