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「スープとイデオロギー」の一場面。スープを仕込むオモニ((c)PLACETOBE,YangYonghi)
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「スープとイデオロギー」の一場面。スープを仕込むオモニ((c)PLACETOBE,YangYonghi)
「言いたいことも言えずに生きたオモニの人生を思うと、複雑な心境です」と語るヤンヨンヒ監督=大阪市内
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「言いたいことも言えずに生きたオモニの人生を思うと、複雑な心境です」と語るヤンヨンヒ監督=大阪市内

 朝鮮半島と日本の歴史の波に翻弄(ほんろう)される自身の家族を題材に作品を発表してきたヤンヨンヒ監督が、オモニ(母)の晩年に寄り添った最新作「スープとイデオロギー」が大阪・第七芸術劇場などで11日、公開される。オモニが長く口を閉ざしていた「済州(チェジュ)4・3事件」について語り始め、両親の真意がどこにあったのか初めて知ったという。

 ヤン監督は在日コリアン2世。両親は在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の熱心な活動家で、3人の兄を「帰国事業」で日本から北朝鮮へ送り出した。その経緯をドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」(2005年)、「愛しきソナ」(09年)、劇映画「かぞくのくに」(12年)に描いてきた。

 1948年に韓国・済州島で起きた「4・3事件」は、54年までに軍や警察が3万人近い住民を殺害したとされるが、韓国社会では長い間、タブー視され、詳細は明らかにされなかった。

 当時18歳で事件に遭遇したオモニの体験談を聞くため韓国の「済州4・3研究所」の研究員がやって来る。恋人を失ったこと、幼い妹弟を連れて命からがら密航船で日本に逃げたことなど、オモニは克明に語った。記憶が混濁した部分もデータベースなどと照合しながら研究員は丁寧に聞き取った。「この人たちなら理解してくれるという安心感があったのでしょう」とヤン監督。

 だがこの日を境にオモニの認知症が進み、アルツハイマー病と診断される。「つらい記憶を思い起こさせた。監督としての好奇心の一方で、娘としてはしんどいことをさせて申し訳ない思いもあった」

 済州島にルーツを持つ両親は「あえて『北』を選んだのではなく、『4・3事件』の韓国を、民主化しても許せなかったのだろう」とヤン監督。「事件のむごい真実を知ると、兄たちを『北』へやったオモニを責められなくなった」

 朝鮮籍のオモニは2018年、1回限りの韓国パスポートを得て70年ぶりに済州島を訪れ、犠牲者の追悼式に参列する。その後、オモニは今年1月に亡くなった。

 ヤン監督のパートナーで、この映画のプロデューサーでもある荒井カオルさんの初訪問の日、オモニはスープでもてなす。鶏の腹に何十個もニンニクを入れて長時間煮込んだ。「体調がすぐれないとき、いつも作ってくれた。体だけでなく、気も回復するスープ」とヤン監督。境遇や考えが違っても、とにかくいっしょに食べようという思いを込めた映画のタイトルを象徴する場面だった。

 強く生きるしかなかったその人生を思い、監督はオモニに「もう忘れてもええわな」と語りかける。「記憶を受け取り、映画にして次代へ伝えるよ、という監督としての私の覚悟です」

 「スープとイデオロギー」は、兵庫では元町映画館(TEL078・366・2636)で上映、公開日未定。

(片岡達美)

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