工芸家や美術家らの移住が相次ぐ兵庫県丹波篠山市で、本格的な工芸体験と宿泊を組み合わせた旅のスタイルを提案する取り組みが始まった。その名も「ステイ＆クラフト」。自然豊かな里山にある古民家などに滞在し、職人の手ほどきを受けながら木工作業などを楽しむ。「自然」「宿」「食」、それに「ものづくり」を加えた新たな試み。新型コロナウイルス後を見据えた地域活性化策として、将来的には官民の連携も期待される。（堀井正純）

　５月末の週末、地元の工芸家らが篠山チルドレンズミュージアム（同市小田中）で２日間催した「丹波篠山クラフトヴィレッジ　学ぶ工芸」。竹籠編みや、陶器の絵付けなど、多彩なワークショップを中心にしたイベントの中に、「ステイ＆クラフト」をパッケージにしたプランが実験的に用意された。

　１泊２日で計８時間かけて、クリの木の椅子を組み上げる。木の家具や器を手がける職人の稲葉崇史さん（５１）が手ほどきする。同市の大芋（おくも）地区にある田舎民宿「うめたんＦＵＪＩ」や農家民宿「ＤＥＮ」などと連携。朝夕は里山の趣ある古民家で、食事や滞在を楽しんでもらおうとの趣向だ。

　今回はお試し価格で１人２万４千円（１泊２食付き）。兵庫県内から女性２人が参加した。明石市から訪れた主婦（５６）は、鉋（かんな）がけなど慣れない作業も楽しげ。「やっぱり手仕事はいい」と熱中していた。椅子の脚を鉋で削り、ほぞ穴を開けるなど部材を加工し、組み立て。座面に、紙製ながら丈夫で味わいがあるペーパーコードを張って完成だが、主婦は時間切れに。「もう１回泊まりで来て仕上げたい」と前向きだった。

　京都府との府県境に位置し、少子高齢化が進む大芋地区には、初夏からホタルが飛び交い、豊かな自然や日本の原風景ともいえる景観が残る。旅行者は「匠（たくみ）の技」に触れながら、穏やかな時間も堪能できる。

　地元作家らでつくる「丹波篠山クラフトヴィレッジ製作委員会」は今後、指導役や挑戦する工芸品、連携する宿を増やす方針。交流サイト「フェイスブック」などで開催を知らせる。

　仲間たちに「ステイ＆クラフト」を提案したのは、民宿「ＤＥＮ」を営む田川剛さん（５３）。「ものづくりを通して、普通の観光とひと味違う深い体験をしてもらいたい。完成した自作は、とびきりのお土産にもなる」と語る。自らは長年、香港の航空会社で客室乗務員として働き、丹波篠山へ移住。英語が堪能で、全国通訳案内士の国家資格も持ち、「コロナ後は、外国人にも日本の田舎を味わってほしい」と話す。

　丹波篠山市は助成金で工芸家たちによるアトリエ公開や販売イベントなどの活動を支援する。ふるさと納税の寄付金アップにも力を注いでおり「田舎暮らし」などの体験型ツアーを返礼品に組み入れることも検討中だ。市担当者は「今後、工芸体験ツアーについても導入を考えてみたい」としている。

　問い合わせはメールで同委員会（tscvill@gmail.com）へ。

■都市部から利用　活性化に一役

　「ステイ＆クラフト」の試みは近年、各地で広がり、地域活性化にも一役買っている。こうした観光と工芸を結びつける試みの先進地は富山県南砺（なんと）市だ。

　伝統的な「井波（いなみ）彫刻」で知られる市内の井波地区には「職人に弟子入りできる宿」をコンセプトにした古民家ホテル「Ｂｅｄ　ａｎｄ　Ｃｒａｆｔ（ベッドアンドクラフト＝ＢｎＣ）」が２０１７年にオープンし、評判を呼んでいる。

　木彫刻や漆芸（しつげい）の職人らと手を組んで、民間会社が運営。「ミシュランガイド北陸２０２１」では旅館部門で、富山県内で唯一の「特に魅力的な宿」に選出された。

　海外に多い朝食付きの宿泊施設「Ｂ＆Ｂ（ベッドアンドブレックファースト）」をもじったネーミングも秀逸だ。東京や大阪など、都市部からの利用者が多いという。

　「ＢｎＣ」の宿はいずれも１棟貸し切りのスタイルで、現在６棟が点在。古民家をモダンに改装した宿には職人、作家たちの作品が飾られ、ギャラリーの役割も担う。

　工芸体験は、木彫りの豆皿やスプーンづくり、漆塗りの箸づくりなど数時間のコースもあるが、「漆の椀（わん）」を春夏秋と計３回６日間滞在して制作する特別プランもある。「ＢｎＣ」もコロナ禍で影響を受けたが、今年３月以降は予約も好調という。（堀井正純）