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面接に使う「少年調査室」に、使用中を知らせる明かりがともる
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面接に使う「少年調査室」に、使用中を知らせる明かりがともる
少年審判廷。家裁調査官の報告を受け、ここで裁判官が少年の処分を決める
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少年審判廷。家裁調査官の報告を受け、ここで裁判官が少年の処分を決める
複雑なケースは複数の調査官で取り組むこともある
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複雑なケースは複数の調査官で取り組むこともある

 家庭裁判所で少年少女の生育歴や性格、家庭環境などを調べる「家裁調査官」という仕事がある。調査官は未成年の立ち直りを念頭に、本人や保護者と面接を重ねる。貧困、親のアルコール依存、いじめ、性的搾取…。調査官は時に、過酷な過去を生きてきた10代と出会う。=文中仮名=

 非行と、つらい経験の相関は無視できない。40代の女性調査官ヤマダが出会ったリサもそうだった。覚醒剤依存に陥った19歳。将来は楽観できない。それでも絶望ではなく、希望を信じて伝えたい。

■優等生だったリサ

 幼い頃から、リサは父の女性関係に翻弄されてきた。父は異なる女性と結婚を繰り返し、その度に親の違うきょうだいが増え、同居した。実母の記憶はない。幼い頃に家を出て行った。

 不安定な家庭環境の中でも、リサは小学校まで優等生で育った。だが、中学に入ると生活が荒れ始めた。不良仲間とつるむようになり、仲間を介して大麻を覚えた。17歳の時、薬物とは別の非行で一度、少年院に入った。警察の捜査や家裁の調査には大麻を隠し通した。少年院を仮退院すると、すぐに乱用を再開した。

 以降、大麻から合成麻薬へと深刻度を増し、やがて覚醒剤に至った。アルバイトをしても続かず、薬物を買う金は援助交際で稼いだ。薬のせいで友人を失い、密売人だけが残った。自らの身体を危険にさらす生活で、性暴力にも遭った。

 そんなリサは19歳で再び家庭裁判所へやってくる。家出中に覚醒剤を使用し、警察に逮捕され、ヤマダが担当することになった。この若さでなぜこれほど苦しい人生を送らなければならないのか。調査は、やり場のない悲しみを伴った。

■「波風が立たぬように」

 リサは逮捕された後、少年鑑別所に入った。

 鑑別所は家裁の求めに応じ、医学や心理学などの専門的知識や技術を用い、少年の抱える問題や気質を解明する。入所は最長4週間。それまでに少年審判を終えなければならず、調査は実質3週間しかなかった。

 初回の面接。「話すことなんてないし…」。リサはヤマダを試すような挑発的な態度を取った。ヤマダは、本人の言いたいようにさせて、嫌がらない話題を探る。健康状態が良くなかったためか、体調に関する質問には抵抗がなかった。それを糸口にした。

 「事件の時は体調どうだった?」「そんなに体の調子が悪くて、薬は辞めようと思わなかった?」。近づいては離れるように面接を重ね、薬物を始めた頃の家庭に焦点を当てていった。

 やがてリサが重い口を開いた。「自分は複雑な家庭。みんな気まずい思いはあっても、波風が立たないように過ごしている。それを自分が壊してしまった」。リサは家族に迷惑をかけたと、自責の念を感じていた。良くも悪くも、子どもにとって家族はかけがえのない存在でしかない。

 かと思うと、リサはこうもこぼした。「父親と一緒に暮らすのは嫌」「全部、父親が悪い」。家庭は安息の場ではなかった。心は張り詰め、今にもちぎれそうだった。

 ヤマダは「異質な家庭に生まれた。ずっと『自分は何者なのか?』『本当の家族なのか?』という葛藤があったはず」と、その心境を思いやる。

 元々真面目な性格だっただけに、リサには「ダメな方向に向かっている」という自覚があった。自己嫌悪から逃れようと、また薬物に手を出す。アルバイトがうまくいかない時や援助交際の後に、薬物を欲した。

 ヤマダは思う。「彼女にとって薬物依存は生き残りの道だったのだろう」。破滅的な振る舞いは境遇にあらがい、生きるための格闘だった。

 しかし、リサが本当に求めていたのは、愛されるという実感、心から安息できる場所だったとしたら-。薬物の快楽では決して埋め合わせできない。

■どの子も「変わりたい」

 ヤマダとリサの面接は4回、計約10時間に及んだ。最後はリサが体調を崩し、まともに話を聞けなかった。調査で過酷な経験が全て洗い出せたとは思えない。「さらに何かが家庭内であったのではないか」とヤマダはみたが、本人は語ろうとしなかった。

 周囲に支えてくれる大人はいない。父親は調査官との面接を拒否した。あまりの寄る辺のなさに、ヤマダはもどかしかった。一方で迷いはなかった。今後は少年院での教育にゆだねるしかない。調査が終わり、審判で裁判官がリサの少年院送致を決めた。

 少年院では心理学や精神科学の専門的知見に基づく教育を受けながら、生活の立て直しを目指す。楽観はできない。薬物依存の治療は長期間を要し、完治は難しいともいわれる。

 家族や自分への混乱した感情も整理できていない。審判後のある日、リサは言った。「しなくても良い経験をした。10代で世の中の悪いところもかなり見てきた。『他の子たちと私は違う』と思ってしまい、うまく周囲に溶け込めない」

 それでも、ヤマダはリサに期待している。「『変わりたい』『頑張りたい』という気持ちは、どの少年も少女も持っている。その気持ちにうそはない」。周囲の支えで変わっていく子どもを何人も知っている。

 リサの小さな背中を見つめ、ヤマダはエールを送る。どうか自分に価値を見いだせるように、と。そして祈る。「これから巡り会う人たちが彼女を受け入れ、助けてくれますように」

(那谷享平)

【家庭裁判所調査官】 少年事件で、当事者の少年を調査する国家公務員。裁判官が少年審判で適切な少年の処遇を決定できるように、心理学や教育学などの知識も生かして非行の背景を調べる。捜査機関の捜査とは異なり、調査は本人や保護者の面接や関係先への情報収集などで、審判も少年の保護と更生を目的とする。離婚や親権争いなど家事事件の調査も担当する。

家裁調査官成人未満
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