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「少年A」逮捕を大きく伝える神戸新聞朝刊1面の紙面(1997年6月29日付)
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「少年A」逮捕を大きく伝える神戸新聞朝刊1面の紙面(1997年6月29日付)
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 「その時」が来た。

 神戸連続児童殺傷事件で、兵庫県警が秘密裏に進めてきた捜査が最終段階を迎えていた。1997年6月28日、中学3年で14歳の「少年A」が神戸市須磨区の自宅から任意同行された。

ヨンパチ

 捜査本部が置かれていたのは須磨署だった。報道機関の記者らはAの任意同行は察知していなくても、同署の動静を警戒していた。

 だが、朝に任意同行された少年Aが聴取されたのは、同市中央区にある23階建ての県警本部庁舎だった。神戸地検で事件の主任検事だった男性(69)=現在は弁護士=は、自ら県警本部に出向き、逮捕直前にAを取り調べた。

 午前10時半すぎ、5月の土師淳君の事件も、3月の連続通り魔も、2月の傷害事件も全て認めたと連絡が入り、県警本部に乗り込み、午後3時から調べました。ヨンパチ後に送致されてきた時に初めて事実かどうかを聴くよりは、最初の熱い段階で自分で心証(容疑者で間違いないという確信)を得る必要がありました。

 検察庁はホームページで「第一次的に捜査を行い、逮捕したり、証拠を収集したり、取り調べを行うのが警察」と説明する。警察官は、逮捕から48時間(ヨンパチ)以内に検察官に容疑者と事件記録を送らなければならない(送検)。検察官は基本的に、送検後の起訴の判断や裁判での立証などが主な仕事だ。検察官が逮捕前に警察に乗り込んでAを調べたのは異例と言える。

 県警本部で警察官が調べた直後に入ったので、少年には警察官と検察官の違いが分からない可能性がある。単に調べ官が変わったのではないと伝えるため、自分の身分を明らかにした。「警察に認めたからといって、認める必要はない。違うなら違うでいいからね」と言いました。

投函場所

 3日前、県警捜査1課の調査官から非公式に容疑が濃厚と伝えられ、納得していたが、逮捕の最終判断は自らがすると思っていた。

 一番怖かったのは、警察に容疑を認めても、検察の自分には否認することでした。もし否認したら、逮捕は認められない。警察側は「つぶされた」という思いを持つでしょう。検察と警察の関係は決定的にこじれる。あれだけ大きなヤマ(事件)だからね。すると、少年は「間違いありません」と認めたんです。

 神戸新聞に送った声明文をどこから送ったかと尋ねたときに確信しました。封筒のかすれていた消印を解析して、県警は正確な場所を割り出していた。実は当時、違う場所が報道されていたんですが、Aは正しい投函場所を話したんです。

 犯人しか知り得ない「事実」だった。淳君=当時(11)=が行方不明になってから、36日目の逮捕。県警はAの自宅を捜索した。凶器など、一連の事件への関与を示す証拠品が次々と見つかった。(霍見真一郎)

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