「私にとっての戦争は、まだ終わっていない」。兵庫県西脇市の寺越脩さん（８２）が言葉に力を込めた。その思いは、太平洋戦争後、ＢＣ級戦犯としてシンガポールで処刑された父恒男さんに向けられる。現地には、刑死した父ら１３５柱を納めた墓地があるが、小さな石碑が一つ立っているだけ。冥福を祈るためにも、名前を刻んだ墓標を建ててあげたい－。恒男さんの７６回目の命日である今月１１日を前に、決意を新たにする。（小川　晶）

　終戦時、５歳だった寺越さんに、父の記憶は全くない。親族の話では、西脇で農業を営んでいたといい、日中戦争に従軍した。

　太平洋戦争開始後に再び召集され、衛生兵として南方に渡った。戦後、捕虜への虐待容疑をかけられ、シンガポールのチャンギ刑務所に移送。ＢＣ級戦犯として裁判を受け、１９４６（昭和２１）年９月１１日に絞首刑に処せられた。３７歳だった。

　西脇の親族のもとで育てられた寺越さんは、父の死について「差別されたらあかんから口にするな」と言われた。５０年代半ば、旧日本兵の遺骨収集事業の一環で、恒男さんの遺髪とともに遺書が届いた。

　寺越さんと姉に宛てて「世間の人から『親のない子供は』と笑われぬようにしなさい。父は二人の幸福を只管祈って居ります」と記されていた。戦犯となった経緯や裁判については、一切触れられていなかった。

　地元で喫茶店を営んでいた４０代の頃、同じチャンギ刑務所に収容され、帰国を果たした男性と知り合い、恒男さんら現地で刑死した旧日本兵の墓がチャンギの寺院にあると教わった。訪ねると、敷地の片隅に人目を避けるように埋葬されていた。コンクリートで固められ「殉難納骨百三十五柱」とだけ刻まれた高さ７０センチの小さな石碑が立っていた。

　その後も、定期的に墓参りに訪れ、「せめて全員の名前だけでも残してあげたい」と思うようになった。２０００年代に入り、資金集めなど本格的な準備に取りかかったが、現地との調整が難航。遺族の高齢化も進み、具体的なめどは立っていない。

　新型コロナウイルス禍もあり、ここ５年ほどはチャンギに行けていない寺越さん。それでも、命日はもちろん、毎日自宅の仏壇に手を合わせ、父をしのぶ。

　「戦犯で処刑された人も、戦争に巻き込まれて亡くなった。戦争の記憶が途絶えていく中で、その存在をきちんと記録してあげることが、一人一人の弔いになるはずだ」。感染状況を見つつ、来年にはチャンギを訪れ、墓標の建設に向けて改めて検討したいという。

■「皆のところへ逝くのが倖せ」「必ず母様の許に帰って行きます」-遺筆ににじむ戦犯の思い

　太平洋戦争後、戦犯として処刑された人の家族らは、全国組織「白菊遺族会」を立ち上げた。その兵庫県支部が１９７６（昭和５１）年に編んだ冊子には、寺越恒男さんを含む４１人の遺筆などが収録されている。

　捕虜への虐待容疑がかかった３８歳の海軍下士官は、妻と２人の子、両親ら家族７人が長崎の原爆で死亡していた。神戸の姉へ送った遺書では、裁判前は無実を証明できると信じていたが、処刑を前に「一日も早く皆のところへ逝くのが倖せ」と思うようになったとつづる。家族の骨壺に自分の遺髪を入れるよう要望し、「もう今度は離れません。左右にしっかりと抱いて仲良く暮らします」と結ぶ。

　具体的な罪状に触れる文章が少ない一方で、「指揮官命令にていかんともなし難かった」（２９歳の海軍将校）、「隊全体の責任を負い死んで行きます」（２９歳の陸軍憲兵下士官）などの記述もある。

　陸軍下士官の３１歳は、尼崎で一人暮らす高齢の母に宛てて「僕は運の悪い星の下に生れた。死んでも死にきれるものではなく、必ず母様の許に帰って行きます」などと記している。

（小川　晶）