神戸の古い街並みを立体コンピューターグラフィックス(CG)で復元する「景観作家」が神戸市東灘区にいる。題材は主に大正期から昭和初期。明治期の面影を残しつつ都心部へと変貌を遂げていく三宮や元町かいわいを緻密な取材で的確に描写する。現在の大倉山(神戸市中央区)で建設計画が立ち消えになった「幻の公会堂」などテーマは数十種類に上る。(井上太郎)
■滝道駅
企業向けの業務プログラムを手掛けるのが本業の自営業竹田眞さん(66)。風景の映像復元は趣味の範ちゅうといい、写真、文献、地図に加え、当時を知る人の証言も取材しながらCGを組み立てていく。
友人の写真家と立ち飲み屋で昔の神戸の風景を語り合い、映像化を思い立ったという竹田さん。2017年に初めて完成させた作品は、大正期に開業した「阪神滝道駅」だった。
「滝道」はフラワーロードの旧称で、駅は今の三宮・神戸国際会館あたりに位置。当時の神戸は西の新開地がにぎわいの中心で、滝道駅周辺は倉庫が広がり、港湾関係者が立ち寄る下町だった。
神戸市電の滝道停留所と横並びにつながった鉄骨屋根、木造の電車が停車したプラットホーム、商店が立ち並ぶ駅前通り。看板やポスターまで細部を作り込み、ふかんや人の目線の高さなど、さまざまな角度から街を眺められる短い動画に仕上げた。
滝道駅はそごう神戸店がオープンした1933年、一帯の鉄道地下化に伴って後の三宮駅(現神戸三宮駅)に移行し、姿を消した。資料は少なく、「駅長室の場所までよく覚えていた、祖父の思い出話も大いに生かした」と、竹田さんは話す。
■神社の中の映画館
代表作の一つに、三宮神社の境内に建っていた映画館「三宮キネマ」がある。
はす向かいにある大丸神戸店がまだ一回り小さかった頃。当時よく神社の境内に並んでいたというバラックの屋台村を従え、堂々とそびえる2階建ての洋館を再現した。
この作品には後日談がある。制作中、南北に四つの鉄扉が並んでいる構造を不思議に思い、古い新聞記事などを参考にルーツを調べてみると、明治期は寄席で、さらにさかのぼると、元は再製茶の工場だった可能性が見えてきたという。
「越屋根は蒸気を逃がすのにちょうどよく、扉が多いのは燃料の搬出入、れんがが残っているのは窯の名残と考えられる」と、竹田さん。「ただ絵を描く、というより作っていく過程で取材を深め、街の歴史を知るのが楽しい」と、少年のような笑顔で話す。
■「幻の公会堂」
懐かしの風景だけではない。竹田さんの手にかかれば、戦前の「幻の公会堂」も現出する。
戦前、現在の大倉山で建設計画が浮上した公会堂。イベントや音楽会に使う大ホールを備える構想で大正、昭和にそれぞれコンペが行われたが、関東大震災や日中戦争、阪神大水害、太平洋戦争を理由に結局実現しなかった。
神戸市文書館に現存する入選作5種類の設計図を参考に、竹田さんがCGに仕上げた。モダンな様式がいかにも神戸の社交場らしく、未完の建築とは思えないリアルさがある。2019年に神戸ゆかりの美術館(神戸市東灘区)の展覧会で展示、紹介された。
街中の映画のポスター、商店の看板、路面電車の架線まで細部を作り込むことで、時代の空気を丁寧にすくい取るのが竹田さんの作風。「残っている資料というのは、だいたい平面なんです。立体の風景って、案外残せない。時間も手間もかかる割に、お金にならないのが玉にきずですね」
今はアーケードに覆われる前の元町商店街、「あかがね御殿」と呼ばれた諏訪山の洋館、神戸製鋼所の前身の「小林製鋼所」などを並行して制作中といい、創作意欲は尽きない。
作品はユーチューブでも公開している。12月9~13日には、こうべまちづくり会館(神戸市中央区)で友人の写真家との合同展を開催する予定。問い合わせは竹田さん(landno17@yahoo.co.jp)まで。