阪神・淡路大震災が起きた日に生まれた神戸市の男性の歩みを、絵本にして語り継ぐ取り組みが始まった。あの日、突如窮地に立たされた父母の気持ちと行動、それを支えた人たち、いくつもの奇跡が重なって守られた命-。震災を知らない子どもたちが、男性から聞いた話を絵で表現する。防災教育の専門家らが文章をまとめて、来年3月の完成を目指す。(上田勇紀)
10月中旬、神戸市東灘区の会館に、区内の造形絵画教室「アトリエ太陽の子」に通う小中学生ら約70人が集まった。
■驚きの声
「僕は、阪神・淡路大震災が起きた1995年1月17日に生まれたんです」。「えっ」と、子どもたちが驚きの声を上げた。
話す男性は、同市兵庫区の会社員中村翼さん(27)。震災を伝える団体「語り部KOBE1995」のメンバーとして、各地で経験を紹介している。
「午前5時46分。ドンッと下から突き上げる音がしました。その瞬間、僕のお父さんが、お母さんに覆いかぶさりました」
激震の瞬間、兵庫区の自宅で、中村さんの父威志(たけし)さんが、母ひづるさんのおなかを守ったこと。車で病院に向かう途中、交通整理の警察官が迂回(うかい)路を案内してくれたこと。停電した病院で、懐中電灯の光を受けて生まれたこと。両親から聞いたあの日を語った。
思春期には「1・17生まれ」は重荷になった。それでも大学で防災を学び、東日本大震災の被災地を訪れるうち、語ろうと思えるようになった。
話し終えると、子どもたちは次々に手を挙げた。「たくさんの人の協力があって生まれたのがすごい」「絶対に忘れないでおこうと思った」「『1・17生まれ』から逃げずに伝えている」…。反応の大きさに「うれしい。びっくりです」と中村さん。子どもたちは早速、鉛筆を手にラフスケッチに臨んだ。
■つないだ命
今回の取り組みは、かねて絵本制作に熱意を持ち、神戸学院大学で中村さんを教えた舩木伸江教授=防災教育=が、アトリエ太陽の子の中嶋洋子代表(70)に提案した。
「多くの人の命が失われたあの日に、生まれた命がある。その事実を伝えられたら」。命は人が手を取り合ってつないだ。「未就学児や小学校の低学年にも命の大切さを伝えられる」。絵本の文章は、中村さんと舩木教授が担う。
一方、中嶋さんは震災で、アトリエの教え子だった当時小学1年と幼稚園児の姉妹を亡くした。毎年、教室生に経験を伝えて、絵画を制作する「震災・命の授業」を続けている。「子どもたちには、震災をわがこととして捉え、描いてほしい」と願う。
神戸市立西郷小学校6年の本宮綾乃さん(12)は「中村さんの誕生日が、悲しい日から誇らしい日に変わったのがすごい。絵で震災を伝えたい」と意気込んでいる。
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