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中国残留孤児とその家族が学ぶ「明石日本語教室」。今年で開設10周年となった=明石市東仲ノ町、アスピア明石
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中国残留孤児とその家族が学ぶ「明石日本語教室」。今年で開設10周年となった=明石市東仲ノ町、アスピア明石

 中国残留孤児とその家族を対象に、国の支援を受けて各地で運営される日本語教室。今では生徒の多くが孤児の子、いわゆる「2世」世代だ。彼らもまた親世代と同様、日本語が話せないことで厳しい暮らしを強いられてきた。その2世たちも高齢化する中、コミュニティー形成の場としての役割も担ってきた日本語教室の将来を心配する声も出ている。(金 慶順)

 「日本語ができなくては何もできないと思い知らされた」「命の続く限り、日本語勉強に努め、他人に迷惑をかけず、毎日楽しく暮らしたい」

 明石市拠点の「明石日本語教室」に通う70代の残留孤児2世は、同教室の文集に中国語でそうつづった。1998年に家族5人で帰国したという。

 文集は、明石教室が今年で開設10年を迎えたのを機に、運営する「中国『残留日本人孤児』を支援する兵庫の会」が記念誌として作成。約30人の生徒や家族、20人を超えるスタッフらが思いを寄せている。

 生徒たちへのアンケートも行った。明石教室に登録している62人のうち、50人が回答。年代は70歳以上が19人、60代が19人。50代は12人。回答者の約8割(39人)が「2世」または「2世の配偶者」。「1世」は4人だった。

 帰国時に40歳を超えていたという人が2世の半数を占めており、アンケートで浮き彫りになったのは、日本語習得や就職でのつまずきが今の暮らしにも影を落としていることだ。

 日本語での会話については「全く困らない」「日常は困らない」と答えた人は40%(20人)いたが、「日常も困る」との回答は48%(24人)にも上り、「ほとんどできない」も12%(6人)いた。どんなときに困るかの自由記述では「医師の言うことが分からない」「病状を説明できない」など病院関連が多かった。

 2世世代の8割以上が生活保護を受けていることも分かった。

 教室のボランティアスタッフ藤田ふみ子さん(70)さんは「2世世代の中には、中国にいたときも文化大革命の影響で学校へ通えなかったという人、明石教室で初めて机に座って勉強したと話す人がいる。支援が必要な現状を理解してほしい」と話す。

     ◇

 孤児2世たちへの支援を呼びかけようと、中国「残留日本人孤児」を支援する兵庫の会は23日午後1時から、JR新長田駅前の神戸市立長田区文化センター別館ピフレホールで「中国残留邦人への理解を深める集い」の開催を企画。同市が主催する。無料。当事者らが体験を発表するほか、2世の女性ドライバーを描いた映画を上映する。

 記念誌は1500部発行し、希望者には郵送する(送料が必要)。問い合わせは同会の水野さんTEL090・8539・7021

日本語教室、国の支援先細り

 残留孤児は、国の移民政策によって旧満州(中国東北部)に渡り、戦後、置き去りにされた。2000年代に入って国に賠償や謝罪を求める訴訟が全国で相次ぎ、孤児たちの苦難が明らかになると、国は08年に支援法を改正。会場代や生徒の交通費を国が補助する形で、自治体などが日本語教室を開く仕組みができた。

 教室は現在、全国59自治体、兵庫県内では明石、神戸、尼崎、伊丹など6市が開設。明石教室は明石市が主催し、運営する「中国『残留日本人孤児』を支援する兵庫の会」が週1回、開いている。

 ただし、国の支援がいつまで受けられるかは不透明だ。現在の支援要件は1世や配偶者、または当時未成年だったためなどで国の基準を満たして国費帰国した2世が、1人以上在籍することとされている。教室に通う1世が次第に減っていく中で、継続に不安を感じる2世世代は多い。

 明石市生活福祉課は「教室に通う方がいる限りは何らかの施策が必要ではないか。国の動向も見ながら、今後考えたい」と説明。厚生労働省の中国残留邦人等支援室は「制度上、支援対象者がいない場合は補助を打ち切ることが考えられる。その後、教室をどう運営するかは主催する自治体の判断」としている。

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