新型コロナウイルス禍の水際対策が緩和され、外国人観光客の個人旅行が解禁されたこの冬の初め。王子動物園にほど近い「ゲストハウス萬家（まや）」＝神戸市灘区城内通４＝を、韓国から３人の男女が訪れた。

　迎えたのは、オーナーの朴徹雄（パクチョルン）さん（４０）。韓国・ソウル出身で、２０１１年に来日、１７年に萬家を開いた。コロナ禍を挟んで５回目の利用という女性（３４）は「ここは懐かしくて、おばあさんの家に来たみたい」と目尻を下げた。

　女性は過去の訪問で顔なじみになっているという近くの居酒屋へ。「人と人がつながって、また会いに来てくれるのが一番うれしい」と朴さん。日韓関係は冷え込み、コロナ禍で訪日客が一時途絶えた中で「交流の拠点」を守り続ける。

■日本への思い変わったきっかけ

　そんな朴さんはかつて、日本が嫌だと思っていた。

　萬家のホームページで、朴さんは自身についてこう明かしている。

　〈小さいころは日本という国に偏見を持っていました。日本は韓国を侵略したり、過去自分の先祖たちに悪いことをたくさんしていたと教わったから〉

　１９２３年の関東大震災では、デマがもとで多くの朝鮮人が虐殺されたと習った。歴史の教科書は、日本の植民地時代に多くのページを割いていた。当時、周りには「日本が好きじゃない」という人がいたし、自分も「嫌だな」と思っていた。

　高校２年の時、先生から、韓国と日本の学生交流会に誘われた。大分県の中学生とソウルの高校生が双方を行き来して交流する計画だった。人生初の海外旅行という高揚感や、飛行機への好奇心が第一だったが、大分県では地元住民の温かいおもてなしに驚いた。

　その後、日本から中学生を迎え、ホームステイを受け入れて交流した。「話してゲームして、笑うタイミングが一緒。『近いな』と思った」。空港で見送る時、抱き合って涙をこぼす自分がいた。

　この経験をきっかけに「個人と個人が交流し、友達になることが、お互いを尊重する社会につながる」と考えるようになる。日本への興味がふくらみ、大学でも日本語の勉強をして、卒業後、日本へ渡った。

■先入観のない世界へ　ゲストハウスで旅人と地域つなぐ　　

　東京で会社勤めをしながら、日本で何をしたいか考えた。「韓国にはまだ、日本に先入観を持っている人がいる。日韓だけでなく、世界中の人の先入観を外し、友達になれるきっかけをつくりたい」。その答えが、世界中の旅人と地域の人々をつなぐゲストハウスだった。

　妻の実家がある兵庫県内で候補地を探す中、神戸市灘区の水道筋商店街に強く引かれた。外国人向けのガイドブックに載るような観光地ではない。でも、地元の買い物客でにぎわう日常が魅力的で、生き生きとまちづくりに取り組む人たちがいた。

　朴さんは１年半、商店街の喫茶店でアルバイトをしながら人脈づくりに励み、空き家だった医院を改装して萬家をオープンさせた。「地元にいちばん近い旅」を提案し、交流拠点として手応えを感じていた時、コロナ禍に見舞われた。

　テレワークのための利用やオンラインの旅行プランを提案し、国内のリピーターに支えられながら、何とか持ちこたえた。そして今年１０月、訪日個人旅行が再開。久々に訪れた「常連」の韓国人男性に「居場所を守ってくれてありがとう」と声をかけられ、朴さんは感極まった。

　外交レベルでは「戦後最悪」とも言われた日韓関係だが、関係改善に向けた努力が続いている。朴さんは「顔が思い浮かぶ一対一の関係は強い」と信じている。

　いずれは出身地のソウルに、地域密着のゲストハウスを開くのが夢だ。水道筋の人々や日本からの観光客を迎え、ソウルの普通の暮らしに案内し、地元の人と交流を深めてもらう。そんな自分なりの「日韓交流」を、いつか実現したいと願っている。