年の瀬の姫路駅前。仕事帰り、連れ立って夜の街に繰り出すサラリーマンの群れとすれ違いながら、税理士前田泰雅(たいが)さん(48)=兵庫県芦屋市=は家路を急いだ。
兵庫県の新型コロナウイルス感染者は連日、7千人を超えていた。だが、人々の口元を覆うマスクを除いて、目に映る光景にかつての緊張感はない。前田さんは「コロナ禍は別世界の出来事のようだ」と思う。
人が集い、語らうという日常を取り戻しつつある社会にあって、前田さんは今、毎朝目覚めるありがたみをかみしめる。2年前の夏、コロナに倒れた前田さんの心臓は2度、停止した。
デルタ株が猛威を振るい、兵庫県に緊急事態宣言が発令されていた2021年8月、コロナに感染して同県姫路市の実家で寝ていた前田さんの容体は急変した。
心臓が停止。到着したドクターカーの医師が心肺蘇生を施し、心拍は再開した。だが、搬送先の県立加古川医療センター(加古川市)で再び停止。鼓動が戻るまで22分かかった。前田さんは「99・999%、死んでいてもおかしくなかった」と語る。
3、4分程度の心停止でも、何も手を施さなければ、脳がダメージを受けて障害が残ることもある。前田さんが麻酔で眠っている間、医師は家族に「命は助かっても植物状態になったり、後遺症が出たりするかもしれない」と説明した。
数日後、前田さんの手が動いた。8日後、人工呼吸器を外せるようになり、麻酔から覚めた前田さんの目の前に、フェースシールドと防護服で身を固めた男性の顔があった。「ここ、どこだか分かりますか」。口に注いでもらった数滴の水が、体に染み渡った。
目覚めて数日は麻酔の影響とみられるせん妄や幻覚に悩まされ、大量の抜け毛などもあったが、体調は順調に回復した。同県西宮市内の病院に転院後、10月中旬に退院した。
酒やコーヒーは控えるようになった。朝と夜、30分ほどのウオーキングも始め、入院前から10キロ減量した。家でテレビを見たり、飲みに出たりしていた休日は、妻と神社仏閣に赴くなどして過ごすようになった。
600万円を超える治療費は全額公費で賄われ、自己負担はなかった。「私のように税金で救われている人がいる」と思うと、顧客が適切に税金を支払う手伝いをする税理士の仕事に身が入るようになった。
今年から、会計事務所の代表を父親から引き継いだ。業界ではオンラインでの会議や相談対応が増えているが、直接会うスタイルを続けようと思っている。入院中、明るく振る舞う医療従事者の人間味が支えになったからだ。
年末、前田さんはスマートフォンのメモを開いた。年頭に自ら記したメッセージだ。
〈22年12月の自分へ まだ生きていますか〉
多くの人の尽力と家族の祈りで助かった命を大事に、悔いなく生きていきたい。23年の元日、年末の自分に同じメッセージを送った。
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