昨年１２月に開かれた視覚障害者柔道の国際大会で、これまで活躍がなかったインドの代表選手が優勝を飾って周囲を驚かせている。陰には、国際協力機構（ＪＩＣＡ）の青年海外協力隊として派遣された兵庫県三田市出身コーチの存在があった。高校時代に大阪府大会３位に入った実力者。新型コロナウイルス禍で自宅にひきこもるほどの挫折も味わうも、現地に溶け込み、インドの障害者スポーツ隆盛に向けて力を注ぐ。

　昨年１２月１１日、東京都文京区の講道館で開かれた「東京国際オープントーナメント」。結果が２０２４年のパリ・パラリンピック出場にも影響する視覚障害者柔道の国際大会で、９カ国約５０人の選手が参加した。

　全盲の男子６０キロ級で一番高い表彰台に立ったのは、インドのパーマー・カピル選手。続いて弱視の女子４８キロ級では、同国のコキーラ選手が２位に付けた。今までインド人選手が国際大会で優勝や準優勝になったことはなく、初の快挙にインド国内では話題に。日本視覚障害者柔道連盟も「インドは最近かなり力を入れている」と注目する。

　代表コーチとして大会に帯同したのが、海外協力隊員の長尾宗馬さん（２５）だ。三田市で生まれ育ち、ゆりのき台中学校から、柔道の推薦で大阪・履正社高校へ。３年のときには大阪高校総合体育大会で個人３位の成績を収めた。摂南大学でも柔道部主将を務めた。２２年３月インドに渡り、視聴覚障害のある選手を中心に柔道を教えている。

　中学時代から英語の先生に憧れ、海外に興味を持っていた長尾さん。大学で留学も希望したが、強豪柔道部の練習に追われてかなわず。将来を考えるなか、得意の柔道が生かせる海外協力隊を知り、応募した。

　大学３年のとき外務省のスポーツ外交推進事業で約１０日間インドに滞在。真剣な表情で次々質問を投げかけてくるインド人選手たちの、ハングリー精神に心を打たれ「ここでもっと教えたい」と感じたという。

　本来は大学を卒業する２０年３月に派遣が始まる予定だった。だがコロナ禍。卒論を早めに終わらせ１月から言語などの訓練を始めていたが、延期に。待っている間、現地の活動に向けて子どもたちとの関わり方を学ぼうと、学童保育のアルバイトに従事した。

　見通しが立たないまま１年がたった頃、派遣が再開されると聞いてバイトをやめた。だがインドで感染爆発が起き、２１年４月に再延期に。この時期から「全てにやる気がなくなった」と５カ月間ほぼ自宅から出なくなった。当初の予定から２年後、渡航が決まっても不安ばかり。インドの地を踏んでようやく「やるぞ」と気持ちが引き締まった。

　念願の活動。インドでは障害者柔道の歴史は浅く、１２年前に強化に向けて動き出し、長尾さんが所属する「インド視聴覚障害者柔道協会」が設立された。柔道を通した障害者の地位向上や社会参画を目指すが、レベルの高い指導者が少なかった。長尾さんは、健常者も含む小学１年から１８歳の約２０人を担当。他の道場も回り、柔道の礼儀作法や基礎の技術を伝えている。

　代表チームでも定期的に指導し、試合前には１カ月または３日間の強化合宿も実施。手足の長いパーマー選手には、上半身を起こして大きく見せるようアドバイス。コキーラ選手には得意の大外刈りに持ち込むための作戦を伝えた。２人の栄冠に「自分が勝つよりうれしい」と顔をほころばせる。

　昨年１１月には協会の新施設もオープンしており、長尾さんが中心となって週６日、柔道指導をしている。インドでは護身で柔道を始める障害者も多いといい、柔道を広めることで「自信を持って外に出るきっかけに」と願う。

　派遣は２４年３月まで。パリパラは同８～９月に開催される。「コーチがいなくなっても自分で考えて強くなれるよう、基礎に重点を置いて教えたい」と先を見据えた。