自身の肩書を「三代目アトツギ」と名乗る女性がいる。家庭菜園向けの育苗会社、文化農場（兵庫県市川町近平）で働く小野未花子さん（３０）。小野康裕代表（６４）の長女で、英国で就職した後、家業に興味を抱いて戻ってきた。後継者不在を理由に会社を畳まざるを得ない経営者もいる「大廃業時代」にあって、後継ぎのカタカナ表記が、じわりと浸透しつつあるという。アトツギを名乗る思いとは－。

　「新規事業として英会話教室を開きました」。１２月下旬、未花子さんが定例会と呼ぶオンライン会合で近況を報告した。画面に映るのは、いつもの顔ぶれ。年齢は３０歳前後で、同県姫路市の茶製造販売業、同県相生市の医療用補装具メーカー、大阪のアパレルフォトスタジオ、トラックシート製造業のアトツギたちだ。

　「育苗会社が英会話教室？」と驚くメンバーに、未花子さんは狙いを語る。台風でビニールハウスが被害を受ければ、何も育てられなくなる災害リスクがあり「あえて畑違いの分野で経営の柱を持ちたい」。

　定例会は、一般社団法人ベンチャー型事業承継（東京）が運営するアトツギ向けのオンラインコミュニティーを通じて開催。未花子さんが「少人数の固定メンバーで定期的に相談し合いたい」と仲間を募った。

　各自の目標や課題を記したシートを共有。解決策を一緒に考え、悩みや愚痴もこぼし合う。「アトツギならではの相談は、アトツギでないと分からない」。月１回、会合を重ねている。

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　未花子さんの夢は子どもの頃から、海外で働くことだった。家業を継ぐ気はなく、むしろ嫌で仕方がなかったという。

　祖父が１９６４年に創業し、両親から「継いで」とは言われなかったが、周囲からは「ちゃんと継げ」と声をかけられていた。

　念願かなって英国の大学院に進み、現地の会社に就職した未花子さん。「周囲も農場を継がせるのを諦めるだろう」。当初はそう感じていたが、家庭菜園大国の英国暮らしで、家業に興味を抱くようになった。「この文化を日本にも伝えたい」。勤め先のアジア担当として帰国したのを機に家業を手伝い始めた。

　「親は『長続きしない』と思っていたようだけど、高齢化が進む農業分野では若い後継者として周りが応援してくれた」

　量販店向けの卸が売り上げの大部分を占めていたが、康裕さんにアドバイスをもらいながら、一般向けの期間限定店舗を出して消費者の生の声を聞いた。思い立ったのは、手軽に始められる家庭菜園キットの販売。かわいいポーチ型のプランターに色とりどりの野菜を寄せ植えできる商品だ。「やるならすぐに。中途半端にやっても売れない」と勤め先を辞め、２０２０年４月、文化農場に入社した。

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　以来、矢継ぎ早に新たな挑戦を続けてきた。オンライン販売を始め、若い世代を意識したマーケティングに挑戦したり、アトツギ仲間である大阪の住宅設備機器メーカーと、機能性とデザインを兼ね備えた家庭菜園用プランター「ベジコンテナ」を商品化したり。新規事業の英会話教室も今月から本格スタートする。

　今春には、農業高校を卒業する若者が入社する。新卒採用は初めてで、文化農場のミッションやビジョンを踏まえた研修・評価システムづくりも課題という。

　「会社を変えていくのが私の役割」と意気込むが、アトツギ仲間と話して感じるのは経営者である親との関係だ。「『長年、このやり方でやってきた』と言われ、変えられないのが『アトツギあるある』。私の父は理解があるほう」と笑う。

　康裕さんは「継いでくれるのはありがたいが、向いているかどうかは自分で決めること。企業にとって変革は重大なテーマであり、私の時代の形式ややり方にこだわらず、自由に動いたらいい」と見守る。

　未花子さんも「家業をそのまま継ぐのではなく、会社の一番の価値に焦点を当て、新しいことに挑戦してこそアトツギ」と思う。

　ただ、周りを見ても地元に戻ってきた同級生は数えるほどだ。「地方で価値ある会社が廃業している。私がアトツギを名乗って挑戦する姿を示すことで、若者が地方で会社を継いだり、起業したりする流れをつくりたい」と熱っぽく語った。

【アトツギ】一般社団法人ベンチャー型事業承継（東京）が「家業の永続や成長に向けて、健全な危機感と野心を持って未来へ挑戦を重ねる人」などと定義。世代交代を機に、先代から受け継いだ経営資源を活用し、新領域に挑戦する若手後継者を「アトツギベンチャー」として支援する。文化農場（市川町）の小野未花子さんら全国のアトツギが集うオンラインコミュニティーを運営している。みなと銀行（神戸市中央区）は銀行では初めて同法人と提携し、４月からアトツギ支援を始めるという。