第168回芥川賞に、兵庫県出身・在住の井戸川射子さん(35)が選ばれた。国語教師として高校の教壇に立つ傍ら、執筆活動を続けてきた。受賞作「この世の喜びよ」は二人称の文体で、人の記憶と日常が交差するさまを描く。19日夜に東京都内で開かれた受賞会見では「しみじみうれしい。これからも頑張りたい」と喜びをかみしめた。
受賞作の主人公は、ショッピングセンターで働く「あなた」。フードコートで常連客の少女と出会う。幼い弟を世話する少女と言葉を交わすうち、かつての子育ての記憶が生々しくよみがえっていく-。
主語を「わたし」ではなく「あなた」とする実験的文体で、不思議な味わいが「作品の世界とうまく合致していた」などと評価された。
2児の母でもある。「しんどい育児を誰かに見守ってほしい」という思いから呼びかける手法に挑んだ。会見では「(執筆が)自浄作用というか、カウンセリングというか。書くことで自分を見守ってあげられたかな。読者にも見守られた」と振り返った。
受賞作から家族でない登場人物が集まって笑ったり、主人公らがマッサージを受けて癒やされたりする場面を挙げ「日々の尊さを忘れていた。生きているだけで素晴らしいのに。いろんな喜びを感じ、忘れないようにしたい」と語った。
今後については「いろんなものを書いていきたい。詩も小説も短歌も」と意欲を示した。
【井戸川 射子さん(いどがわ・いこ)】1987年兵庫県生まれ。私家版の第1詩集「する、されるユートピア」で2019年の中原中也賞、初の小説集「ここはとても速い川」で21年の野間文芸新人賞を受賞。高校の国語教師をしながら詩、短歌、小説を書く。芥川賞候補は初めて。
受賞作は、娘たちが幼い頃、よく一緒に過ごしたショッピングセンターで、喪服売り場の店員として働く「あなた」が主人公。幼い弟の世話から逃れてきたヤングケアラーの少女に何を伝えられるか。出産や子育ての経験、言葉にならない感情を、既存の解釈や規範によらず実験的な文体で繊細にすくい取った。
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