兵庫県内のホテルを辞め、7年前、養子として北陸に移住した40代の男性は、養親と約束を交わしていた。
養親の姓を名乗って近くに住み、できれば将来、結婚して子どもをもうける。そして、先祖代々の資産を守ってほしい-。
男性は受け入れた。「最初は半信半疑でしたが、いざ来てみると養親は温和な印象で、地域は田舎過ぎず、海も山もあって気に入りました」。そして付け加えた。「いずれ起業したい僕には、資産を継がせてもらえることも魅力だった」
かつて、金融機関から転職を重ね、大学時代の知人と飲食店を経営したが、夜中心の仕事のため夫婦関係にひびが入った。ホテルに転職したが関係は修復できず、離婚した。仕事にも身が入らなかった。
「経営の面白さを知った後で、一社員からは先が見えて頑張れなかった。養子縁組が人生を変える機会になるかもしれないと思った」
一人っ子として育った。小学校から私立で、中学・高校も名門に通った。生徒会長も務めた。「両親は僕の教育費に相当使ったと思う。挫折知らずだった僕は、社会に出て上司に怒られては落ち込む。打たれ弱かったんです」と苦笑する。
気がかりは実親だったが、意外にも養子縁組を了承してくれた。姓や墓にこだわりはなく、「悩む僕を見る方がつらかったようで、好転するならいいんじゃないかと。親子関係が続くことにも安心したみたい」と話す。
◇
養親が自宅近くに借りたアパートで暮らし、生活費の援助を受けながら、士業の資格試験の勉強に励み、合格。事務所を開いた。
地域を活性化する活動にも熱心で、若手のリーダーとして慕われる。養父母の知人らからは「若い人、頑張ってるね」と声をかけられるようになり、地域に根付いたと感じる。
ただ、周囲に養子縁組の詳しい経緯は話さない。男性は「自分の人生にはいい選択だったが、他の人から色んな見方をされるかもしれない。養父母も話したがらないので…」と語る。
養父母を「お父さん」「お母さん」と呼び、定期的に食事に立ち寄る。養親と実親は中元や歳暮を贈り合い、男性が新型コロナウイルスに感染した時は、養母が実母に電話をかけて報告していたという。
「養母は僕を預かっているような気持ちみたいで、親戚付き合いのよう。僕も、今は親が4人いる感覚なんです」
今後、4人の親の介護にも思いを巡らせる。「施設のお世話になるだろうけれど、息子として養親の面倒を見る。実親は遠く、どちらか1人になった場合に不安。僕は呼び寄せたい」
この街を離れるつもりはない。男性は「住めば住むほどここを好きになる。養子縁組でつながりができ、ここに来られて本当に良かった。次は僕が移住してくる人を応援したい」と前を向く。
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