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神戸新聞松方ホールでのイベントにはドラァグクイーンの「ラモーナ」(右)として出演した=神戸市中央区東川崎町1
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神戸新聞松方ホールでのイベントにはドラァグクイーンの「ラモーナ」(右)として出演した=神戸市中央区東川崎町1
「山と海の神戸の景色、人々の温かさに感動した」と話すボー・ハーゲン・クラウセンさん=神戸市中央区東川崎町1
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「山と海の神戸の景色、人々の温かさに感動した」と話すボー・ハーゲン・クラウセンさん=神戸市中央区東川崎町1
デンマークの教会と連携して子ども合唱団などの活動をするラモーナさん(左)と牧師のヴィゴさん(ラモーナさん提供)
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デンマークの教会と連携して子ども合唱団などの活動をするラモーナさん(左)と牧師のヴィゴさん(ラモーナさん提供)
デンマークの教会で聖書の読み聞かせをするラモーナ・マッチョさん(本人提供)
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デンマークの教会で聖書の読み聞かせをするラモーナ・マッチョさん(本人提供)

 華やかな衣装とメーク、パフォーマンスで魅了する「ドラァグクイーン」で、世界的に活躍するボー・ハーゲン・クラウセンさんが、デンマークから初来日した。神戸市内のイベントで舞台に上がり、神戸新聞のインタビューに応じた。性的マイノリティーの自身の歩みを振り返るとともに、今、悩んでいる人たちへ「暗闇の中でも誰かがそばにいてくれると信じて」とメッセージを送った。

 日本には2月下旬から約3週間滞在。3月4日には神戸新聞松方ホール(神戸市中央区)で、親交があるピアニスト牧村英里子さんのイベントにゲスト出演した。トークのほか、曲「トゥルー・カラーズ」を熱唱し、「見せることを恐れないで あなたの本当の色は美しい まるで虹のように」という歌詞に思いを込めた。別の日には、電話で悩み相談を受け付ける「神戸いのちの電話」のメンバーとも交流した。

                          ◇

 世界で初めて同性カップルの登録パートナーシップ法が成立し、性的少数者(LGBTQ)の先進国とされるデンマーク。

 ボーさんは1967年、人口約500人の小さな島で生まれた。男児だが、物心がついた頃には「心の中では女の子だと感じ、自分の中に二つの側面があった」という。

 7歳の時には、姉とレイ(首飾り)を着けてハワイアンダンスを踊った。うっとりしていると、父に激怒された記憶が残る。

 寮生活を送っていた17歳の時、初めてメークをした。「感覚は強烈で魔法のような瞬間だった」。鏡の中の自分を見て、夢はかなうんだと思った。

 だが、楽しかったのはほんの数カ月。当時は思春期のまっただ中で、自らの多様な性と向き合いながら、ボーさんの心は揺れた。化粧をしていない姿を人に見られるのが怖くなり、メークへの依存が強まることを恐れた。あえて化粧から離れることにし、退寮時、メーク道具を全て手放した。

 自分のアイデンティティーが分からなくなり、悩みが深い「モノクロの世界」をさまよった。その後しばらくは、同性愛者として素顔で過ごしていたという。

 再びメークに目覚めたのは、アニメーション映画づくりを学ぶため、映画学校に通っていた98年のこと。友人と出かけたパーティーが女性限定だったため、服と化粧品を借りて参加すると、「17歳の記憶がよみがえった」。

 これが転機となり、「ラモーナ」の芸名で活動するドラァグクイーンが誕生した。デンマークの国営放送でも紹介され、存在が広く認知されるようになった。さらには、パフォーマンス集団「ドゥンスト」を結成。LGBTQを含め多様性を尊重し、型にはまらず自分を解放して表現する活動は強いメッセージとなって広がり、欧州で先駆的な存在となった。

 「今、世界的な動きも相まって、特に若い人は柔軟に性に向き合う寛容な社会になってきている」とボーさん。

 2015年からはデンマークの教会と連携して「ラモーナと子ども合唱団」を展開し、20年には同国のLGBTQ文化賞にノミネートされた。一方で、教会は伝統的な場だとして、誹謗(ひぼう)中傷も受けた。それでも「自分の存在が、教会は誰にでも開かれているというサインになる」と信じ、批判も包容してきた。

 インタビューでは「崖から飛び降りなければと思うようなあまたの経験を乗り越え、いろんな歴史を経て今がある」と語り、LGBTQの当事者らに向けて「自分自身を認めてあげて」と力を込めた。

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