青い海を背景に、黒壁の家が並ぶ路地裏。日本海が目の前に広がる兵庫県豊岡市竹野町ならではの光景だ。黒い壁は焼いた杉の板で、塩分や砂を含む潮風から家屋を守る役割がある。大工として５０年以上、施工に携わってきた北村洋一朗さん（８１）に「焼き杉板」の歴史を聞いた。（丸山桃奈）

　竹野町の海沿いの「浜地区」では、炭化させた杉を張り巡らせた黒い外観の家が並ぶ。杉の油分や炭の作用で建物の塩害を防いできた。

　６８歳で引退した北村さんは１９５７年、１５歳で父と同じ大工の道に進んだ。杉焼き板の起源は分からないとしつつ、１２（明治４５）年生まれの父が修業先の親方から「焼き板の手伝いをせえ」と言われたことをよく聞かされた。亡き父の徒弟時代を考慮すると、「１００年ほど前から焼き板の文化があったのでは」と推測する。かつて北前船の船主が暮らし、焼き板で覆われた大きな邸宅が今も残る。

　昔の家ではトタン板や端材などの壁が多く、外壁材として木材は高価で、一般の住宅には簡単に使えなかったという。海沿い一帯に焼き板を施した家が広がったのは、北村さんが３０代だった７０年代頃と記憶する。「（海水浴やズワイガニ漁のシーズンに）竹野が観光客に注目されるようになり、家の改築や民宿に衣替えする際に、焼き板の家屋が増えていった」と振り返る。

　竹野では施工の一部で焼き板づくりの作業があった。長さ約２メートル、幅約２０センチの板３枚を煙突状に組み合わせて直立させ、地面から炎でたきつけると、３枚とも内側が真っ黒に炭化する。焼き上がった板は水にさらして乾かすと出来上がり。流水に漬ける作業や乾燥に必要な広さを考えると、焼き板づくりの場所は竹野川の河川敷が多かった。

　焼き板づくりは主に若手の仕事だった。炭で顔は黒くなり、火の粉で服に穴が開く。１人で１日に約１８０枚（６６平方メートル分）を焼いていたという。

　杉板は焼くことで強度が増す。腐食しにくく、一度張れば手入れをしなくても３０年近く保持できる。くぎはさびるため、３０年ほどしたら点検が必要だ。くぎを追加して打てば５０年は持続し、塗装もすればより長く保つという。北村さんは「最も持久力のある外壁」と力を込める。

　焼き板は「横張り」「縦張り」の２種類あるが、多くの物件で横張りが採用される。縦方向よりも横方向に張った板のほうが、取り換えやすいからだ。くぎを抜くだけで外せるため、大工でなくても修繕できるという。

　北村さんは「焼き板はあくまでも、大工仕事の一環で特別な作業ではない」としながら、「焼き板のことを語れるのは、竹野に残る現役の１０人ほどか、引退した人に限られる。元大工として伝えられることや、できることは協力していきたい」と語った。

■ＮＰＯ「まち並み守りたい」　焼き板づくり体験会定期開催

　竹野のまち並みをＰＲしようと、地域住民らでつくるＮＰＯ法人「たけのかぞく」は、現役の大工や元大工たちを招いて、定期的に焼き板づくりの体験会を開く。

　今年３月にあった体験会では、住民らが北村さんや現役の大工に焼き方を教わりながら、２人一組で作業をした。焼いた後は、ビニールシートに張った水の中に入れて火を消し、壁に立てかけて乾かした。

　参加者は、焼き板を施した家が並ぶ浜地区の路地を散策した後、作り置きしていた焼き板を使って、６０年ほど修繕していない家の壁の張り直し作業に挑んだ。北村さんらは焼き板を水平に張るため、「水盛り」と呼ばれる方法で水平の位置を確認。参加者がくぎを打った。

　豊岡市は「竹野焼杉板景観保全事業」を展開する。ＪＲ竹野駅から竹野浜海水浴場にかけての区域で、家屋の外壁に焼き杉板を施す場合、材料費の３分の１（上限２０万円）を補助する。たけのかぞくの担当者は「市の取り組みも周知して、この地域ならではのまち並みを守りたい」と話している。