2005年に起きた尼崎JR脱線事故で、2両目で事故に巻き込まれた兵庫県西宮市の鈴木順子さん(48)。一時は意識不明の重体に陥った。事故の朝に家を出てから11カ月後、ようやく退院の日を迎えた。そしてペンを握り、つづった言葉とは-。
■リハビリが始まる
事故が起きた年の冬。鈴木順子さん(30)=当時=は当初、西宮の病院を退院した後、自宅に戻る予定だった。家族はバリアフリーの改装を進めていた。しかし師走を迎え、2度目の転院が決まる。「順子の回復に『伸び』があると思ったから」。家族は新たなリハビリに挑むことを選んだ。
12月16日、神戸市西区の兵庫県立総合リハビリテーションセンターに移った。プールでの水中リハビリに取り組むことになる。スキューバダイビングを楽しんでいた順子さんにぴったり、と家族は受け止める。
順子さんは水着姿でストレッチャーに乗る。シャワーを浴びて、プールに向かう。母親のもも子さんや姉の敦子さんも水着に着替え、医師と一緒に入る。水に浮かぶ順子さんを医師が両手で押す。流れる順子さんを、もも子さんが受けとめる。
もも子さんから医師へ、医師からもも子さんへ。順子さんがゆっくりと移動する。途中、順子さんの顔が水につかってしまう。「おぼれるよ!」。プールのふちを、がしっとつかむ。
何回か重ねるうち、順子さんはリラックスした様子でプールに入ることができるようになった。水中では、まっすぐに立つこともできる。
ときに、思わず水を飲み込んでしまう。しかし、チューブを介して栄養剤を胃に流し込んでいる順子さんにとって、「飲み込むこと」も大きな前進だ。やがて病室でもゼリーやアイスクリームを、ごっくんとできるようになる。
毎週末には一時帰宅。自宅では調子がいい。「電話、鳴ってるで」と家族に知らせる。もも子さんが「また料理してね」と言うと、「そのうちする」と返す。
以前から、もも子さんは「順子が元気になったら添い寝がしたい」と言っていた。年が明けて1月下旬、一時帰宅の日のことだ。順子さんを後ろから抱えていたもも子さんは、何かの拍子で一緒に倒れてしまう。思わず抱き締め、添い寝の格好になる。ぽろぽろ泣けてくる。
しばらくすると、順子さんが「鼻息荒いで」。もも子さんは泣き顔と笑い顔で、くしゃくしゃになる。
自宅から病院に戻ると、テレビ画面に映った漢字を読んだり、コマーシャルソングを口ずさんだり。でも、波がある。「そんなん知らん」「どーでもいい」。その繰り返しのときも。ある日、順子さんがぽつりと言った。「わけ分からんうちに、こーなった」
事故のことを言っているのかは分からない。だが、家族は何とも言えない気持ちで胸がいっぱいになった。
■家に帰ってくる
2月も残りわずか。神戸市の兵庫県総合リハビリテーションセンターに入院している順子さんの退院が3月16日に決まった。これまでに転院が2度。ようやく西宮の自宅に帰ることができる。
母親のもも子さんは自宅でカレンダーをめくって涙を抑えられなくなる。目の前に「3月」が現れる。「やっと、家に帰ってくる月になった。これから一日一日、その日に近づいていくんやな」
病室で順子さんに話しかける。「もうどこにも行かなくていいのよ。おうちに帰ろうね」。「うん」
うれしい気持ちの一方で、もも子さんは不安にさいなまれていた。「24時間ずっとの介護をやっていけるだろうか。ヘトヘトになって、しんどいと感じてしまうかもしれない」。考え出すと眠れなくなる。
いよいよ退院の日が巡ってきた。西宮の自宅に帰った順子さんはバリアフリーに改装し、新しくなったリビングでくつろぐ。翌朝、目を覚ましたもも子さんは隣に順子さんがいることを確認する。「おはよう」と言うと、「おはよう」と返ってくる。何げないあいさつが格別の喜びになる。
もも子さんの不安も消えつつある。病院での順子さんは「どーでもいい」と声を上げ、もも子さんや姉の敦子さんの手を引っかいた。
家に戻って、明らかに様子が変わった。おむつを換えようとすると、自分で腰を上げる。終わると「ありがとう」と言う。つめを立てることもなくなる。「どーでもいい」が減り、代わりに「ありがとう」が増える。表情も雰囲気も、うんと穏やかになる。
ある日、もも子さんが声をかける。「ゆっくり、これから頑張っていこうな。生きていこうな」。「うん、頑張るの」。家族が一番聞きたかった一言が、順子さんの口から出る。
以前の順子さんは、リハビリに対して受動的だった。次のステップへ。必要なのは「やる」という本人の意思。それがきちんと確認できた。
3月下旬、テレビがJR脱線事故のニュースを伝えていた。画面に一年前の映像が映る。大破した二両目がマンションにへばりついている。「順子は事故のことを分かってるのだろうか」。家族はこれまで脱線事故の話題を避けてきた。
もも子さんは思いきって話しかける。「二両目に乗ってたの?」「うん、後ろの方に」
「立ってたの?」「ううん、座ってたの。怖かったの」
数日後、順子さんが言った。「ぜーんぶ、分かってるの」
■ペンを握って
退院して1週間、家族は順子さんの日々の回復ぶりに驚かされる。3月23日。父親の正志さんが「お茶、飲む?」と声をかけると、「うん飲む」と口を開け、ゴクリ。順子さんが自分の意思で飲み込むのは初めて。夜には蒸し穴子やヨーグルトを食べる。
翌24日、自分でスプーンを握り、デザートをどんどん口に運んで口の中をいっぱいにする。姉の敦子さんが「ちょっと待ってよ、順ちゃーん」と笑みをこぼす。その日の夜。順子さんは左手にペンを握り、紙に向かう。左右に揺れながらゆっくりと手を動かし、文字を書く。
紙に、しっかりとした意思が現れる。「ありがとう」。事故以来、初めて書いた言葉。ずっと介護を続けてきた母親のもも子さんは何度も見返す。「何よりのプレゼント」と胸が熱くなる。
次の日も「ありがとう」と書く。そして、誕生日を迎えた姪(めい)に向けて「おめでとう」。さらに「ももこ」「あつこ」と、家族の名前をつづってみせる。
もも子さんは「前がパーッと開けた。春が来た」と喜び、順子さんの顔にお化粧する。まゆ毛を整え、口紅を塗る。鏡を見た順子さんは「かわいい」とほほ笑む。ときに、ピースサインをつくる。
深夜、順子さんがひきつけを起こして、西宮市内の病院に緊急入院したのは3月29日のことだ。それでも1週間後には落ち着きを取り戻し、食べ物を噛(か)んで、飲み込む練習を始める。これまで、食事は栄養剤をチューブで流し込んでいた。
4月9日。次第に3食のうち1食は、口から食べられるようになった。この日の昼食は野菜の煮物、豆腐と魚のすり身のあんかけ、おかゆ。「おいしい」と食べきる。食後はプリン。動かしにくかった利き手の右手でも、スプーンを持つことができる。
回復していく様子を見ながら、もも子さんは順子さんが書いた「ありがとう」の文字について考える。
「たくさんの人に助けてもらって、生かされて。『命をつないでくれてありがとう』という感謝の意味だと思う」
4月11日、順子さんは家族と一緒に車に乗り、満開の桜の下を楽しむ。「前向きに生きてきてよかったねえ、順ちゃん」ともも子さん。
順子さんはうなずき、「遊びたいな、おしゃれしたいな」と笑う。「歩くねん」と話す。
パソコンに陶芸。やりたいことはたくさんある。みんなで花見やバーベキューに行きたい。「この1年は、順子にとっても私たち家族にとっても、再生の1年だった。次の1年は前進あるのみ。落ち込んだり、はね上がったりしながらもね」と、もも子さん。
そして繰り返した。「ここからが始まりよ」
■2023年春
「あの日」から18年になる。順子さんはこれまで、歩行訓練、日常生活の動作や言語のリハビリ、水泳などに取り組んできた。48歳の今は、車いすで家の中を自由に動きまわり、「一生続けられる」という趣味の陶芸に励む。
2年前に自宅の一角を改装し、陶芸工房を作った際には「記憶や思い出はなくなってしまうけど、作ったものは残る」と、作陶への思いを話していた。
頭を強く打った影響で、記憶力の低下などの「高次脳機能障害」と診断され、日付が分からなくなることがある。でも「会話はユーモアがあって哲学的。生活に支障はない」と母親のもも子さん(75)は言う。
「誰かを責めるとかではなく、自分がやりたいと思うことを曲げたくない」と語っていた順子さん。いずれは陶芸の作品展を開くのが夢だ。
(中島摩子)
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